2026年9月4日、CIOは「65% of employees would love to roll back workplace AI」という、かなり刺激的なタイトルの記事を掲載しました。

記事の元になっているのは、Adaptavistが2026年3月、米国・英国・カナダ・ドイツ・スペインの知識労働者2500人を対象に行った調査です。
その結果、65%が「AIが広く導入される以前の仕事の仕方を懐かしく感じる」と回答しました。
さらに36%がAI疲れを感じ、42%は「AIによって節約できた時間より、AIの出力を確認する時間の方が長い」と答えています。
これだけなら、
やっぱり社員はAIなんて使いたくないのでは?
と思いたくなります。
ところが、同じ調査では、67%が「会社にはもっとAIを使ってほしい」と回答しています。
73%はAIによって効率が上がると認め、74%はAI時代に対応するため新しいスキルを学んでいます。
つまり、「AI以前に戻りたい」と「もっとAIを使いたい」という、一見すると矛盾する回答が同じ社員から出ている可能性があります。
では、この矛盾は何を意味しているのでしょうか。
記事解剖室でこれまで考えてきたAIリストラ、AI評価、AI上司、人材育成、社員と会社の関係までつなげながら考えてみます。
1.記事は何を主張しているか
CIOの記事の中心的な主張は比較的明確です。
AIそのものへの拒絶ではなく、企業のAI導入方法の失敗によって社員が疲弊している。
というものです。
記事では、社員側に生じている問題として、
- AIを通常業務に加えて覚えなければならない
- AI利用について会社から十分な説明がない
- AIの回答を確認する仕事が増えている
- 同僚が作ったAI生成物を修正しなければならない
- AIによって仕事が単調になった
- 自分の成果をAIと比較される
- 将来AIに仕事を奪われる不安がある
といった現象を紹介しています。
特に興味深い数字があります。
42%は、AIで節約した時間よりAIの回答確認に費やす時間の方が長いと回答しています。
さらに、52%が同僚のAI生成物を修正することがあり、49%が質の低いAI生成物によってプロジェクトが遅くなり、55%がAI生成コンテンツによってチーム全体の効率が低下すると答えています。
これは非常に重要です。
企業側では、AIを導入した=効率化した、と考えてしまいやすい。
ところが社員の仕事を細かく見ると、AIで消えた仕事の代わりに「AIを管理する仕事」が発生している。
記事はこれを、AI導入そのものの失敗というより、
Change Management Failure
変革管理の失敗
として捉えています。
つまり記事の主張を一文でまとめるなら、
社員がAIを嫌っているのではなく、AIを導入した会社が仕事の再設計まで行っていないことに疲れている。
ということになるでしょう。
2.筆者は誰に向けて書いているか
これは媒体名からも分かりやすい記事です。
CIOという媒体なので、主な読者は、
- CIO
- IT部門責任者
- DX責任者
- 経営者
- 管理職
- AI導入を担当する企業側
でしょう。
したがって記事は、「社員はAIを嫌っています」と社員側へ訴えかける文章ではありません。
むしろ、せっかくAIへ投資しても、その使わせ方を間違えると社員が疲弊し、AI利用そのものを拒否するようになりますよという経営側への警告です。
記事の最後も、
ITリーダーと経営幹部は、社員がAIへ適応できるようチェンジマネジメントへもっと注力する必要がある
という結論になっています。
つまり、AI導入の失敗原因を「社員の抵抗」に求めるなという記事でもあります。
これは結構重要です。
新しいシステムを導入してうまくいかなかったとき、「社員が変化を嫌っている」という説明は非常に便利。
しかし今回の調査では67%がAIをもっと使いたいと言っています。
それなら、AI導入が進まない=社員が保守的だから、という説明だけでは辻褄が合いません。
3.読者に何をさせたいか
記事が経営者やCIOに求めている行動は、大きく三つあります。
① AIを導入するだけで終わらせない
ツールを配布して、「今日からこれを使ってください」では駄目だということです。
何のために使うのか、どこまで使うのか、逆にどんな仕事には使わないのか、生成物を誰が確認するのか、そしてAIが間違えた場合の責任は誰が負うのか。
こうした仕事のルールまで設計しなければならない。
②社員への教育を行う
74%がAI時代へ対応するため自らスキルを学んでいる一方、十分な支援を受けていると感じる社員は限定的です。
会社がAIを導入しておきながら、AIの勉強は社員が自分でやってね、となればそれは実質的に、会社の設備投資に必要な教育費を社員へ転嫁しているとも考えられます。
③AI導入による利益を社員にも実感させる
ここが私は最も重要だと思います。
AIによって仕事が30%早く終わるようになった。
社員からすれば当然、仕事が楽になる、と思います。
ところが実際には、30%時間が空いたから30%仕事を増やされる、あるいは、AIを使ってもっと早く成果を出すことを要求される。
場合によっては、AIで効率化したので人数を減らします、となる。
これでは社員にとって、AIを上手に使うほど自分の労働条件が悪化する可能性があります。
ここは、この記事が直接強く論じてはいないものの、記事解剖室でこれまで考察してきたテーマと非常に強くつながっています。

4.どんな前提を置いているか
この記事にも、いくつか隠れた前提があります。
前提1.AIそのものには価値がある
記事はAI導入をやめることを提案していません。
むしろ、AIは使うべきだが、使わせ方が悪いという立場です。
実際、調査でも73%がAIによって効率が上がると答えています。
したがって、AI導入そのものが間違いだったという可能性についてはほとんど検討していません。
しかし、AIを導入しない方が効率的な仕事も存在するはずです。
AI導入それ自体を目的化してはいけません。
前提2.教育すればAI疲れは解消できる
記事はAI疲れの原因として、
- 教育不足
- 説明不足
- 透明性不足
を強く取り上げています。
確かにそれは大きな要因でしょう。
しかし、教育さえすれば問題が解決する、とは限りません。
なぜならAI疲れの中には、構造的に消せないものが含まれているからです。
例えばAIが作成した文章を顧客へ送る場合、誰かが内容を確認しなければなりません。
AIの精度が99%になったとしても、重要な仕事ほど残り1%を確認する必要があります。
つまり、AI生成→人間による確認という工程そのものが新しい仕事になる可能性があります。
Adaptavist自身もこれを「verification tax(検証税)」と呼んでいます。
前提3.社員と会社の目的は一致している
ここが最も大きな前提ではないでしょうか。
会社にとってAI導入の成功とは、
- 生産量増加
- コスト削減
- 売上増加
- 人員削減
かもしれません。
しかし社員にとっての成功は、
- 仕事が楽になる
- 労働時間が短くなる
- 給料が増える
- 面倒な仕事が減る
かもしれない。
つまり、同じAI導入でも成功の定義が違います。
会社がAI導入によって20%生産性を高め、その結果20%人員を削減できたなら、経営上は大成功かもしれません。
しかし社員から見れば、AIを覚えた結果、同僚が解雇された、ということになります。
この認識のズレを「AIへの抵抗」だけで説明してはいけないでしょう。
5.何が書かれていないか
書かれていないこと1.社員はAI導入による利益を受け取っているのか
この記事で最も欠けているのは、AIによる生産性向上の利益は誰へ行ったのかという問いだと思います。
記事解剖室では「AIリストラは本当にAIが原因なのか?」で、AIが選択肢を増やしても、人員削減を選択するのは経営側と考察しました。

AI導入によって仕事が速くなったとき、
- 労働時間短縮
- 給料増加
- 人員削減
- 生産量増加
- 利益増加
という複数の選択肢があります。
AI自身はどれを選ぶか決めません。
記事解剖室でも、AIは選択肢を増やす。しかし、どの選択肢を選ぶかを決めるのは人間と制度であると整理してきました。
今回の社員の不満も、突き詰めればここへ戻ってくる可能性があります。
書かれていないこと2.「AIで楽になる」はずだったのに、なぜ仕事量が減らないのか
これは今回の記事からさらに一歩踏み込むと非常に面白い問題です。
例えばAIによって、8時間必要だった仕事が6時間で終わるようになったとします。
理論上、2時間余ります。
ところが企業は普通、では今日は2時間早く帰っていいですよ、とはしません。
別の仕事を2時間分入れるでしょう。
さらにAIが進化すると、6時間→4時間になる可能性も無い訳ではありません。
するとさらに仕事が追加される。
結果として社員から見れば、AIによって仕事が楽になったはずなのに、一日の忙しさは全く減らないという現象が発生します。
むしろAIを覚える仕事と確認作業が加わり、以前より忙しくなることすらあります。
これなら「AI以前を懐かしく感じる」のも不思議ではありません。
書かれていないこと3.AIによって「仕事の意味」が削られている可能性
今回の元調査では46%が、AIによって仕事がより反復的で意味の薄いものになった、と答えています。
Adaptavist自身も別の記事で、AIによって個人の専門性や創造性の価値が薄れたように感じる社員がいると分析しています。
これは単なる効率の問題ではありません。
例えば文章を書く人が、
企画→資料収集→構成→執筆→校正
まで行っていた。
AI導入後、AI生成→人間が確認→修正→また確認
だけになったとします。
生産量は増えるかもしれません。
しかし人間の仕事は、
「作る仕事」から「AIの間違い探し」へ変わる。
経営側から見れば効率化ですが、社員から見れば仕事の質が悪化したと感じても不思議ではありません。
書かれていないこと4.「AIを使える人」が報われるとは限らない
記事解剖室では以前、「AIに評価される社員は、『AIを攻略する働き方』を始めるのか?」という問題を考えました。
人事評価制度は社員の行動を測るだけではなく、評価される行動を社員に学習させるという性質があります。
これはAI利用でも同じでしょう。
AIを使って仕事を早く終えた社員に、さらに仕事を与える。
AIを使って2人分働ける社員を見て、隣の社員を減らす。
そうなれば合理的な社員は、AIを最大限使いこなさない方が得なのでは? と学習する可能性があります。
これはAI導入にとって最悪です。
社員がAIを使えないのではなく、AIを使える能力を会社に見せなくなるからです。
記事解剖室で考察した「人事評価はなぜ社員の行動を歪めるのか?」とも完全につながります。

評価制度は単に成果を測るものではなく、社員がどの成果を見せ、どの能力を隠すかまで変えてしまいます。
書かれていないこと5.調査対象は「世界の労働者」ではない
数字の読み方にも注意が必要でしょう。
今回の調査は2500人ですが、対象は米国、英国、カナダ、ドイツ、スペインの知識労働者です。調査時期は2026年3月です。
工場労働者、運送、建設、介護、小売、飲食などは基本的に中心ではありません。
日本は含まれていませんね。
したがって、世界の労働者の65%がAI以前に戻りたいという解釈はできないでしょう。
正確には、欧米5カ国の調査対象となった知識労働者2500人の65%が、AI普及以前の仕事の仕方を懐かしく感じることがある。
この表現の方がより正確でしょう。
しかも、「懐かしい」と「AIを撤去したい」は同じではありません。
ここはCIOの記事タイトルが若干刺激的に表現している部分でしょう。
6.記事の有効な部分は何か
この記事には非常に価値のある部分があります。
最大の功績は、AI導入率とAI導入成功率は違うという問題を提示したことでしょう。
会社が、「社員の80%がAIを使っています」と発表したとします。
一見すると成功です。
しかし実態が、
AIで作る→本人が確認→同僚も確認→間違いを修正→上司も確認
なら、仕事全体では以前より遅くなっているかもしれません。
Adaptavistが「verification tax」と名前を付けた概念は、その見えないコストを非常に分かりやすく表現しています。
これは先日記事解剖室で考察した、「AIで社員を減らせば、本当に会社は強くなるのか?」ともつながります。

そこで考えたのは、AIによって個人の生産性が上がっても、
確認、AI管理、障害対応、教育、調整、離職、採用、士気低下、知識流出
ここまで含めれば、組織全体の生産性が上がっているとは限らないという問題でした。
今回の調査は、それを社員側から裏付ける材料になっています。
7.別の立場から見るとどうなるか
経営者から見ると
経営者としてはAI導入を止める選択肢は取りにくいでしょう。
競合企業がAIによって、
- 商品開発速度
- 営業効率
- ソフトウェア開発
- 顧客対応
- 管理業務
を改善すれば、自社も導入せざるを得ません。
したがって、社員がAI疲れしているからAI導入をやめよう、では問題は解決しません。
経営側が考えるべきなのは、どの仕事にAIを使うと会社全体の総コストが本当に下がるのかでしょう。
AI利用率ではなく、AI生成+確認+修正+教育+管理+心理的負担まで測る必要があります。
社員から見ると
社員側の合理的な感覚は、AIは便利だから使いたい。
しかし、AIによって自分の仕事が増えるのは嫌だ。
さらに、AIを使って会社の利益が増えたのに自分の給料も自由時間も増えないなら、何のためにAIを覚えているのか? となります。
この辺りはどのように制度設計を行うべきか、過去に考察記事を書いているので参考にしたい方はどうぞ。

これらの応対は決してAI嫌いではありません、むしろ非常に合理的です。
だから、AI賛成派なのに会社のAI導入には反対する社員が生まれます。
一見矛盾していますが、その実、矛盾していないという奇妙な状態に見えます。
新人から見ると
ここも今回の記事の重要な部分です。
意外なことに、Gen Zの42%がAI以前の働き方を好む一方、Gen Xでは26%でした。
普通なら逆に思えます。
若者の方がAIに慣れているはずだからです。
しかし記事解剖室で以前考えた、「AI時代、会社は誰が人材を育てるのか?」という問題から見ると説明できます。

ベテラン社員は、知識+経験+AIを使えます。
新人は、AIしか持っていません。
しかも新人が経験を積むために行ってきた、資料作成、調査、簡単な分析、初歩的なコード、議事録
こういった仕事ほどAIに代替されやすい。
結果として、
AIはベテランを強くする一方、新人から「ベテランになるための仕事」を奪う可能性があります。
記事解剖室で考えてきた「新人を採らない会社は10年後に誰を管理職にするのか」という問題とも一直線につながっています。

Gen ZのAIへの複雑な感情は、単なる「若者のAI疲れ」ではなく、
AI時代に自分がどのように専門家へ成長すればいいのか分からない
というキャリア不安なのかもしれません。
8.記事解剖室の結論
この記事を、「社員の65%がAIを嫌っている」というニュースとして読むと、おそらく本質を外します。
同じ調査で67%が、会社にはもっとAIを使ってほしいと回答しているからです。
では社員は何を嫌っているのでしょうか。
おそらく、AIそのものではありません。
社員が嫌がっているのは、AIによって変わった後の仕事の設計ではないでしょうか。
AIで仕事が速くなる、ところが仕事量は減らない。
AIを覚える仕事が増える、AIの間違いを確認する仕事が増える、同僚のAI生成物まで修正する。
成果はAIと比較され、AIを使いこなせば人員削減の材料になる。
しかも、自分の仕事がいつAIに置き換えられるか分からない。
これなら、「AIは便利だけれど、AI以前の方が働きやすかった」という回答が生まれても不思議ではありません。
そしてこれは、記事解剖室でこれまで考えてきたテーマを一本につなげます。
AIリストラ、AI上司、AI人事評価、新人を採らない会社、管理職不足、AI時代の人材育成、会社と社員の長期関係。
これらは別々の問題に見えます。
しかし共通する問いがあります。
AIによって生産性が上がったとき、その利益を誰が受け取り、その変化による負担を誰が引き受けるのか。
記事解剖室では以前、
AIは会社を善良にはしない。会社が持つ思想を、より強く実行できるようにする。
と考察しました。
今回も同じです。
AIは仕事を楽にすることもできますし、AIによって週5日働いていた仕事を週4日にできるかもしれません。
面倒な定型作業をAIへ渡し、人間が創造的な仕事へ集中することもできるでしょう。
しかし同じ技術を使って、一人当たりの仕事量を増やし、人員を減らし、成果基準を引き上げ、社員をより細かく評価することもできてしまいます。
AIにはどちらを選ぶか決められません。
決めるのは会社です。
だから今回の「65%がAI以前を懐かしむ」という数字を、
人間は新しい技術を嫌うものだ。
で片付けてはいけないのです。
むしろ企業側が問われているのは、
AIを導入した結果、社員にとって仕事は以前より良くなったのか?
ではないでしょうか。
もし、生産性は上がった、会社の利益も増えた、AI利用率も上がった。
それなのに、社員は以前より忙しくなり、仕事の意味を感じなくなり、自分の雇用を不安に思うようになった……のであれば、AI導入には成功していても、「AIを使った会社づくり」には失敗していると言えるのかもしれません。
そして今回の記事で最も興味深いのは、社員の65%が過去を懐かしんでいることではありません。
その一方で67%が、「それでももっとAIを使いたい」と言っていること。
これはAIへの拒否ではありません。
むしろ社員から会社への、「AIを使うな」ではなく、「AIの使い方を変えてくれ」という要求なのではないでしょうか。


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