会社で働いていると、ほぼ必ず「評価」があります。
売上、生産量、勤務態度、目標達成率、上司からの評価、顧客満足度、改善提案件数。
会社によって方法は違いますが、誰が会社へどの程度貢献したのかを何らかの形で測定しなければ、昇給、賞与、昇進、人員配置を決めることができません。
だから人事評価制度そのものは必要です。
しかし記事解剖室でこれまで、
- 働いているフリ
- 有能な社員ほど能力を隠す
- 仕事が早い人ほど追加の仕事を与えられる
- 成果主義
- 年次評価
- AI上司
- AI評価を攻略する社員
について考えてきたところ、一つの共通した問題が見えてきました。
それは、人事評価制度は社員の働きぶりを測るだけではなく、社員の働き方そのものを変えてしまうということです。
会社が、「これを評価します」と宣言した瞬間から、社員は合理的に「では、それをすれば自分は得をする」と考えます。
その結果、評価制度がうまく設計されていれば、社員の行動と会社の利益は一致します。
しかし評価制度が現実の仕事を正確に捉えていなければ、会社が本当に求めている仕事ではなく、「評価される仕事」を社員がするようになります。
時間を評価すれば、忙しそうに見せる。
成果量を評価すれば、数字を作る。
短期利益を評価すれば、長期利益を犠牲にする。
個人成果を評価すれば、他人を助けなくなる。
AIが評価するなら、AIから高得点を取れる行動を探す。
つまり人事評価の難しさとは、「正しく人を測ること」だけではなく、「測られている人が測定方法に適応すること」なのではないでしょうか。
今回は、これまで記事解剖室で考えてきた人事評価に関する記事を一本につなぎながら、なぜ人事評価制度は社員の行動を歪めるのかを考えてみたいと思います。
- 1.そもそも会社はなぜ社員を評価する必要があるのか
- 2.最も単純な評価方法は「時間を見る」こと
- 3.すると「仕事が早い人ほど損をする」
- 4.ここから「働いているフリ」が生まれる
- 5.さらに合理的な社員は「能力を隠す」
- 6.では成果主義にすれば解決するのか?
- 7.成果を評価すると「成果として測られているもの」を増やし始める
- 8.「働いているフリ」が「成果を出しているフリ」に変わる
- 9.測りやすい仕事ほど評価されるという問題
- 10.管理職の仕事は特に評価しにくい
- 11.人事評価制度には「見える仕事を増やす力」がある
- 12.評価制度が「第二の仕事」を作ってしまう
- 13.評価指標が分かれば「攻略」が始まる
- 14.だから評価制度は「測定装置」ではなく「行動誘導装置」である
- 15.そしてAIが評価へ入ってくる
- 16.しかしAIは「何を評価するか」を決めてくれない
- 17.すると「AIを攻略する社員」が現れる
- 18.AI評価は「働いているフリ」を消すどころか高度化させる可能性もある
- 19.AI時代ほど「成果」と「価値」の違いが重要になる
- 20.ならば「全部上司の主観で評価する」方がいいのか?
- 21.人事評価には「完全な正解」がないのかもしれない
- 22.良い評価制度とは「攻略されない制度」ではない
- 23.ただし評価項目を増やしすぎてもいけない
- 24.評価と育成を同じ仕組みに詰め込みすぎていないか
- 25.評価制度は社員と会社の「契約内容」を伝えている
- 26.人事評価が歪むと会社文化まで変わる
- 27.AI時代には人事評価の重要性がむしろ高くなる
- 28.では会社はどう評価制度を作ればいいのか
- 第一に、評価指標の副作用を見る
- 第二に、測れない仕事があることを認める
- 第三に、効率化した本人へ何らかの利益を返す
- 第四に、評価と育成を完全に同一視しない
- 第五に、評価制度そのものを定期的に評価する
- 29.記事解剖室でこれまで考えてきた流れ
- 記事解剖室としての結論
- AI時代の働き方全体について
1.そもそも会社はなぜ社員を評価する必要があるのか
まず、人事評価そのものを悪者にするのは違うでしょう。
会社には限られた、
- 給与
- 賞与
- 昇進ポスト
- 教育機会
- 重要な仕事
しかありませんので、全社員へ完全に同じ待遇を与えるのでなければ、誰へどれだけ配分するのかを判断する必要があります。
例えば、非常に高い成果を出している社員と、ほとんど仕事をしていない社員が、永遠に同じ給与だったとします。
それはそれで、「頑張っても意味がない」という別の問題を生みます。
だから、評価制度をなくせば問題が解決するとは限りません。
むしろ問題は、何を評価するのかです。
2.最も単純な評価方法は「時間を見る」こと
成果を正確に測るのは難しい。
しかし、何時間会社にいたかなら簡単に測れます。
9時に出社し、17時まで働いた。
残業した、休まず出勤した。
非常に分かりやすい。
だから工場、オフィスを問わず長い間、時間を提供することが労働の基本になってきました。
しかし、ここには問題があります。
社員A。8時間分の仕事を5時間で終える。
社員B。同じ仕事に8時間かかる。
会社にとって生産性が高いのはAです。
しかし給与が同じで、Aには残った3時間分の追加業務が渡されるなら、Aは何を学習するでしょうか。
「早く仕事を終えても得をしない」
ということです。
3.すると「仕事が早い人ほど損をする」
これは記事解剖室で初期から以前から考えてきた問題です。

【仕事が早い人に追加の仕事を与えるのは本当に悪いのか?】
会社側から見れば、勤務時間中に手が空いた社員へ別の仕事を渡すことには合理性があります。
給与を8時間分払っているのだから、8時間働いてほしい。
しかし社員側から見ると、効率化によって生まれた利益を全部会社が受け取る構造になります。
例えば、社員Aが努力して仕事を8時間から4時間へ短縮した。
その結果、給与は変わらない……退勤時間も変わらない……追加の仕事だけ増えた。
ならば、効率化した本人には何の利益もないことになります。
すると合理的な社員ほど、「効率化しない方が得ではないか」と考えるようになります。
4.ここから「働いているフリ」が生まれる
記事解剖室で2回目に取り上げたテーマの一つが、【Z世代の8割が認めた「働いているフリ」】

この記事を考察したとき、問題の中心はZ世代そのものではありませんでした。
むしろ、成果ではなく、勤務時間・オンライン状態・忙しそうな振る舞いを会社が評価していることでした。
時間を評価されるなら社員は、8時間で最大の成果を出すのではなく、
8時間働いているように見えるようにしよう
と考えることができます。
実際、記事解剖室では、
「現代企業は成果を求めているように見えて、実際には従業員の時間と従順さを買っているのではないか」
という疑問を提示しました。
つまり「働いているフリ」は、社員個人のモラルだけで説明できません。
場合によっては、評価制度へ合理的に適応した結果でもあるのです。
5.さらに合理的な社員は「能力を隠す」
ここから一段進みます。
社員が、「仕事が早いと追加の仕事だけ増える」と学習した場合、単に忙しそうに見せるだけではなく、自分の本当の能力を会社へ見せないという行動も合理的になります。

例えば本当は、1時間で終わる仕事を30分で処理できる。
しかし30分で終わらせれば、次の仕事が来る。
給与も評価もほとんど変わらないならば、50分くらいかけて終わらせた方がいい。
これは会社から見ると、「なぜ能力を発揮しないのか」という話になります。
しかし社員側では、「能力を発揮するメリットがない」だけです(-_-;)。
つまり評価制度によって、能力の低い社員が作られるのではなく、能力を見せない社員が作られる可能性があります。
6.では成果主義にすれば解決するのか?
ここで自然に出てくるのが、『それならば、時間ではなく成果を評価すればいい』という成果主義的な考えです。
これはかなり合理的です。
仕事を2時間で終えようが8時間で終えようが、同じ成果なら同じ評価。
さらに高い成果なら高い報酬。
これなら、能力を隠す理由がなくなる……ように見えます。
実際、成果連動型の報酬が生産性を高める事例や研究は存在します。
だから成果主義そのものを否定する必要はありません。
問題はここからです。
7.成果を評価すると「成果として測られているもの」を増やし始める
記事解剖室では【成果主義なら「働いているフリ」はなくなるのか?】で、この問題を考察しました。

例えば会社が、営業件数を評価したとします。
社員は営業件数を増やします。
これは会社が望んだことです。
しかし、難しい顧客に1日かけるより、簡単な顧客を5件回った方が評価が高いなら、社員は簡単な顧客を選び始めるでしょう。
会社が生産数量を評価すれば、社員は生産数量を増やします。
しかし品質が評価されないなら、品質確認へ時間を使わなくなる可能性があります。
研究レビューでも、業績連動報酬には数量や速度を品質より優先したり、指標をゲーム化したりする問題が生じ得ることが指摘されています。
つまり、成果を評価するだけでは足りません。
問題は、何を成果と定義したのかです。
8.「働いているフリ」が「成果を出しているフリ」に変わる
時間評価では、8時間働いているように見える。
成果評価では、良い成果を出しているように見える。
違うようでいて、本質的な構造は似ています。
社員は、会社が評価するものへ自分の行動を合わせています。
記事解剖室ではこれを、「働いているフリ」が「成果を出しているフリ」へ変わると表現しました。
例えば、本当に重要な仕事を10件するより、評価される仕事を20件やる。
事故を防止するより、事故が起きた後に目立つ対応をする。
後輩を助けるより、自分の数字を上げる。
長期改善より、今期の目標達成を優先する。
こうした行動は、必ずしも社員が会社を騙そうとしているわけではありません。
社員は、会社が提示したゲームのルールに従っているだけなのです。
9.測りやすい仕事ほど評価されるという問題
ここで人事評価には、もっと根本的な問題があります。
仕事には、数字にしやすい仕事と、数字にしにくい仕事があります。
例えば営業なら売上があります、工場なら生産数量があります。
しかし、
- 後輩育成
- トラブル予防
- 職場の雰囲気改善
- 他部署との調整
- 顧客との信頼関係
- 将来の事故防止
- 暗黙知の共有
などは数字にしにくい。
すると、測りやすい価値だけが「成果」として扱われる危険があります。
10.管理職の仕事は特に評価しにくい
この問題が顕著なのが管理職です。
記事解剖室では、【誰も管理職になりたがらない会社は、最終的にどうなるのか?】でも考えました。

管理職A。
問題が発生し、必死に対応して問題を解決した。
結果が目立つ。
一方、管理職B。
日頃から、
- 部下を確認する
- 問題の芽を潰す
- 人間関係を調整する
- 新人をフォローする
ことで、そもそも問題を発生させなかった。
どちらが会社へ大きく貢献したでしょうか。
場合によってはBになります。
しかしBの成果は、「何も起きなかった」ことです。
「発生しなかった事故」「退職しなかった新人」「悪化しなかった人間関係」は数字になりにくい。
すると、トラブルを防いだ人より、トラブルを派手に解決した人の方が評価されるような逆転さえ起こり得ます。
11.人事評価制度には「見える仕事を増やす力」がある
この問題をさらに進めたのが、【効果が疑われ社員も上司も嫌う評価制度が会社に残る理由】です。

年次評価の時期になると、社員は自分の一年間を説明します。
Aさん。
本当に重要な仕事を地道にやった、しかし記録を残していない。
Bさん。
成果を、
- 売上数字
- メール
- 改善提案
- 成功案件
- 周囲のコメント
として残している。
評価者から見ればBの方が評価しやすい。
すると社員は学習します、良い仕事をするだけでは足りない、と。
良い仕事を「評価可能な形」にして残さなければならない。
これは一定程度必要です。
評価する側も、知らない成果を評価することはできません。
しかし度が過ぎると仕事をする時間とは別に、仕事を評価可能な形へ加工する時間が増えていきます。
12.評価制度が「第二の仕事」を作ってしまう
ここはかなり重要だと思います。
社員本来の仕事を、第一の仕事とします。
例えば、製品を作る。顧客を助ける。システムを作る。設備を維持する。
そして、自分がどれほど会社へ貢献したかを証明する活動を、第二の仕事とします。
評価制度が複雑になるほど、第二の仕事が増えます。
- 評価シートを書く
- 数字を記録する
- 成果をアピールする
- 上司へ説明する
- 評価対象になる案件を選ぶ
当然、第二の仕事が完全にゼロにはできません。
しかし、第二の仕事の方が評価される状態になると、会社にとって本来必要だった第一の仕事が歪み始めます。
13.評価指標が分かれば「攻略」が始まる
経済学や組織研究では昔から、報酬と測定指標を結びつけると、その指標を操作・最適化する行動が起こり得ることが問題になっています。
実験研究でも、業績連動報酬が存在すると、実際の成果を高めるだけでなく、測定指標そのものを操作しようとする行動が広がる場合があります。
これは社員が悪いという話ではありません。
例えばゲームなら、
敵を倒すと10点
アイテムを取ると100点
というルールなら、プレイヤーはアイテムを取ります。
会社も同じです。
売上を評価しますと言えば売上を増やす。
件数を評価しますと言えば件数を増やす。
残業を頑張りとして評価しますと言えば残業する。
社員は、会社が設定した得点ルールに適応しているだけです。
14.だから評価制度は「測定装置」ではなく「行動誘導装置」である
ここまで考えると、人事評価について少し見方を変えた方がいいのかもしれません。
一般的には、社員がどれだけ働いたかを測るために評価制度があると考えます。
しかし実際には、評価制度を導入した瞬間から、社員は評価を意識して行動します。
つまり評価制度には、測定だけでなく誘導という機能があります。
だから評価制度を設計するときには、「これで社員を正しく測れるか?」だけではなく、「この指標を評価した結果、社員はどんな行動を増やすだろうか?」まで考えなければなりません。
15.そしてAIが評価へ入ってくる
ここからAI時代の問題になります。
AIやアルゴリズムによって、
- 勤務時間
- タスク完了率
- 作業速度
- 顧客対応
- メール
- 会話内容
- 販売実績
- 目標達成率
などを大量に分析できるようになっています。
OECDがフランス、ドイツ、イタリア、日本、スペイン、米国を対象に調査したところ、仕事の指示・監視・評価などを支援する「アルゴリズム管理」はすでに広く利用されています。
日本では対象企業の40%が少なくとも一つのアルゴリズム管理ツールを採用していました。
AI評価には大きな魅力があります。
人間上司の、
- 好き嫌い
- 相性
- 印象
- 派閥
- 気分
を減らせる可能性があるからです。
だから、AI上司の方が公平なのではないかという議論も当然出てきます。

16.しかしAIは「何を評価するか」を決めてくれない
ここがAI評価の最大の問題です。
AIが非常に高精度だったとしても、何を良い社員とするのかは人間が決めなければなりません。
例えば営業社員を、売上で評価するのか。
利益率で評価するのか。
顧客満足度で評価するのか。
継続率で評価するのか。
新規顧客数で評価するのか。
答えによってAIの評価は変わります。
つまりAIは、評価制度から価値判断を消す技術ではありません。
むしろ、会社が暗黙に持っていた価値観を、数字として明文化しなければならない技術なのです。
17.すると「AIを攻略する社員」が現れる
そして評価方法が数値化・自動化されるほど、社員側からはルールが見えやすくなります。
例えばAIが、
- 顧客返信速度
- タスク完了数
- 会議発言数
- 営業接触回数
- システムへのログイン時間
を高く評価すると分かったらどうなるでしょう。
社員は当然、そこを増やそうと考えます。
記事解剖室では、【AIに評価される社員は、「AIを攻略する働き方」を始めるのか?】でこの問題を考察しました。

人間上司の時代には、上司攻略。AI上司の時代には、アルゴリズム攻略になる可能性があります。
18.AI評価は「働いているフリ」を消すどころか高度化させる可能性もある
例えば従来なら、パソコンの前に座って忙しそうにする程度だった「働いているフリ」が、AI評価では、評価アルゴリズムが高く評価する行動を大量に生成する形へ進む可能性があります。
AI自身も使えるでしょう。
メール件数が重要なら、AIでメールを書く。
資料数が重要なら、AIで資料を大量に作る。
プログラムコード量なら、AIでコードを増やす。
記事数なら、AIで記事を増やす。
その結果、AIで仕事を評価し、AIで評価指標を攻略するという奇妙な世界になるかもしれません。
19.AI時代ほど「成果」と「価値」の違いが重要になる
AIによって、数量を増やすコストは急速に下がります。
例えば、10本の記事を書く、100通のメールを送る、20枚の資料を作る、1000行のコードを書く。
以前より簡単になります。
すると、量が多い=優秀という評価は危険になります。
重要なのはどれだけ作ったかではなく、何の価値を生み出したのかになるでしょう。
しかし「価値」は測定しにくい。
ここで評価制度は再び難しくなります。
20.ならば「全部上司の主観で評価する」方がいいのか?
それも危険です。
数値評価には、数字を攻略される弱点があります。
しかし主観評価には、
- 好き嫌い
- えこひいき
- 認知バイアス
- 上司との相性
- 評価者間のばらつき
という問題があります。
研究でも、客観的な指標だけでは不完全な成果測定になる一方、主観評価を組み合わせると今度はえこひいきや偏りへの懸念が出るというトレードオフが指摘されています。
つまり、数字か主観かという単純な二択ではありません。
21.人事評価には「完全な正解」がないのかもしれない
ここまで考えると、少し身も蓋もない結論が見えてきます。
完璧な人事評価制度は、おそらく作れません。
なぜなら会社が求める価値には、
- 数量
- 品質
- 安全
- 協力
- 育成
- 長期改善
- 顧客との信頼
- 新しい挑戦
- 事故防止
など複数の次元があるからです。
そして、それらを全部正確に数字へ変換することは困難です。
だから重要なのは、完璧な評価制度を作ることではなく、どんな評価制度にも歪みが生じることを前提に、歪みを発見して修正することなのではないでしょうか。
22.良い評価制度とは「攻略されない制度」ではない
どんなルールでも、人間はある程度適応します。
だから、絶対に攻略できない制度を目指すのは難しいでしょう。
むしろ良い制度とは、社員が制度を攻略しようとした結果、会社にとって望ましい行動が増える制度なのかもしれません。
例えば、安全を高く評価する→社員が安全活動を増やす。
顧客の長期継続を評価する→短期売上だけでなく顧客満足を考える。
後輩育成を評価する→自分の仕事だけでなく新人を助ける。
改善によって浮いた時間の一部を本人へ還元する→能力を隠すより効率化した方が得になる。
つまり、攻略されることそのものが問題なのではなく、攻略した結果が会社の目的と一致しているかが重要です。
23.ただし評価項目を増やしすぎてもいけない
ならば、
数量、品質、安全、協力、育成、改善、顧客満足。
全部評価すればいい、となりそうです。
しかし項目を増やせば、評価制度は複雑になりますし、評価する管理職の負担も増えます。
社員も、結局何を頑張ればいいのか分からなくなります。
さらに年末には大量の評価書類が発生する。
すると、評価制度を運用するための仕事が増えてしまいます。
だから評価制度には、網羅性と単純さのトレードオフがあります。
24.評価と育成を同じ仕組みに詰め込みすぎていないか
もう一つ重要なのが、評価と育成です。
評価には、今どの程度成果を出したかを見る役割があります。
育成には、次に何ができるようになるべきかを考える役割があります。
似ていますが違います。
人事評価の場で、給与を決め昇進を決め、失敗を指摘し、成長目標まで話す。
全部一度に行えば、社員側は「本当に失敗を正直に話していいのか?」と考えるでしょう。
なぜなら、その情報が給与や昇進に影響する可能性があるからです。
すると評価面談なのに、自分を良く見せる場になってしまいます。
【効果が疑われ社員も上司も嫌う評価制度が会社に残る理由】という記事で考えた問題でもあります。
25.評価制度は社員と会社の「契約内容」を伝えている
評価制度には、もう一つ重要な役割があります。
それは、この会社では何をすると報われるのかを社員へ伝えることです。
会社が理念で、「挑戦を大切にします」と言っていても、
失敗すると評価が大幅に下がるなら、社員が学習するメッセージは、
挑戦するな。
です。
会社が、「チームワークを大切にします」と言っていても、個人売上だけで昇進が決まるなら、実際のメッセージは、
他人を助けるより自分の数字を上げろ。
です。
つまり社員は、会社の理念より実際に誰が昇進し、誰の給料が上がったのかを見ています。
そこに会社の本当の価値観が現れます。
26.人事評価が歪むと会社文化まで変わる
ここまで来ると、人事評価制度は人事部だけの問題ではありません。
例えば、個人成果だけ評価する→社員同士が助けなくなる→新人が育ちにくくなる→管理職の負担が増える→管理職になりたい人が減る→人材不足になる。
こういうこともあり得ます。
逆に、仕事の速さだけ評価する→品質確認が減る→ミスが増える→チェック工程を増やす→仕事が遅くなる→
という逆説もあり得ます。
つまり人事評価は、会社というシステムの一部ではなく、会社全体へ行動を伝播させる装置でもあります。
27.AI時代には人事評価の重要性がむしろ高くなる
AIによって、社員ごとの仕事量を大量に測定できるようになります。
これは評価精度を上げる可能性があります。
OECDの調査でも、アルゴリズム管理を利用する管理職は、情報量や意思決定速度などの点で判断の質が向上すると認識する傾向があります。
一方で、
- 誰が責任を持つのか
- アルゴリズムの判断根拠が分からない
- 労働者の健康への影響
- 過度な監視
などへの懸念も報告されています。
だから、AIなら人間より正確だから評価問題は解決するとは言えません。
むしろ測定できる項目が増えれば増えるほど、何を測らないのかという判断が重要になります。
28.では会社はどう評価制度を作ればいいのか
ここまでの考察から、少なくともいくつか原則は見えてきます。
第一に、評価指標の副作用を見る
「この数字を評価すると、社員は何をするようになるか」を考える。
第二に、測れない仕事があることを認める
安全、育成、調整、予防、暗黙知。
こうした数字にしにくい価値をゼロ扱いしない。
第三に、効率化した本人へ何らかの利益を返す
給与、賞与、裁量、自由時間、キャリア。
何でも構いません。
能力を発揮するほど本人も得をする構造が必要です。
そうでなければ、能力隠しが合理的になります。
第四に、評価と育成を完全に同一視しない
給与決定のための査定と、成長のためのフィードバックには、異なる役割があります。
第五に、評価制度そのものを定期的に評価する
最も重要なのはこれかもしれません。社員だけを評価するのではなく、評価制度がどんな社員行動を生み出したかを会社側も確認する。
もし、
- 能力隠しが増えた
- 社内協力が減った
- 数字作りが増えた
- 管理職が疲弊した
- AI攻略が始まった
なら、社員を責める前に制度を疑う必要があります。
29.記事解剖室でこれまで考えてきた流れ
これまでの記事を一本につなげると、
次のようになります。
勤務時間を評価する
↓
早く仕事を終えると追加業務
↓
能力を発揮しても本人には利益がない
↓
能力を隠す
↓
働いているフリ
↓
成果主義へ変更
↓
成果指標を攻略
↓
「成果を出しているフリ」
↓
評価制度が複雑化
↓
仕事を評価可能な形へ加工する
↓
AIによる評価
↓
アルゴリズム攻略
一見すると、働いているフリ、成果主義、年次評価、AI上司。
すべて別々の問題に見えます。
しかし共通しているのは、社員が会社の評価方法へ適応していることです。
記事解剖室としての結論
人事評価はなぜ社員の行動を歪めるのでしょうか。
私は、評価制度が社員の行動を「測る」だけではなく、社員に「何をすれば得なのか」を教えてしまうからだと考えます。
時間を評価すれば、時間を使うことが合理的になります。
成果量を評価すれば、成果量を増やすことが合理的になります。
短期利益を評価すれば、短期利益を優先する。
個人成果を評価すれば、他人を助けない。
AIが特定の指標を評価すれば、そのアルゴリズムを攻略する。
その意味では、働いているフリをする社員も、成果指標を攻略する社員も、AIを攻略する社員も、会社の制度を無視しているのではありません。
むしろ、会社が示したルールへ適応しすぎているとも言えます。
だから、「社員の意識を変えよう」だけでは問題は解決しないでしょう。
社員が合理的に行動した結果として会社にとって望ましくない状態になるなら、疑うべきなのは社員だけではなく、合理的に行動すると望ましくない結果になる制度そのものです。
そして良い評価制度は、社員を完璧に測定する制度でも絶対に攻略できない制度でもないのでしょう。
むしろ、社員が自分の利益を求めて合理的に行動した結果、それが会社にとっても望ましい結果になる制度なのではないでしょうか。
能力を発揮した方が得になる。
仕事を早く終えた方が得になる。
品質を守った方が得になる。
後輩を育てた方が得になる。
事故を防いだ方が得になる。
長期的な改善をした方が得になる。
そうした状態をどこまで作れるか。
人事評価の本当の目的は、「誰が優秀なのかを正確に順位付けすること」よりも、「この会社では、どんな行動をすることが社員本人にも会社にも得なのかを設計すること」なのかもしれません。
AI時代には、仕事を測定する能力はこれまで以上に高くなるでしょう。
しかし、測定できるようになることと正しく評価できるようになることは同じではありません。
むしろAIによって、「何を評価すべきなのか」という人間側の判断が、これまで以上に重要になるのではないでしょうか。
AI時代の働き方全体について
この記事では、人事評価を中心に、「働いているフリ」「能力隠し」「成果主義」「AI上司」「AI評価攻略」がどのようにつながっているのかを考えてきました。
AIによる変化は評価だけではなく、雇用・管理職・人材育成・会社と社員の関係にも広がっています。
それらを含めた全体像については、

でまとめています。


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