コロナ禍をきっかけに急速に普及したリモートワークですが、その後、多くの企業が社員をオフィスへ戻そうとしています。
理由としてよく挙げられるのは、
- コミュニケーション
- チームワーク
- 若手育成
- 組織文化
- イノベーション
- 生産性
確かに、会社へ行けば同僚にすぐ話しかけることができます。
新人が先輩の仕事を見ることもできます。
オンライン会議を設定しなくても、隣の席で数分相談すれば解決する問題もあるでしょう。
そう考えると、リモートワークを廃止して全員を会社へ戻せば、生産性は上がるという主張には、それなりの説得力があります。
しかし、本当にそうなのでしょうか。
以前、記事解剖室では「出社回帰は本当に生産性のためなのか?」という記事でこの問題を取り上げました。

上記の記事では、出社回帰には生産性だけではなく、
管理職から社員が見えるようになる「管理可能性」
を高める側面があるのではないか、と考察しました。
今回はそこから一歩進め、そもそも会社は何をもって「生産性が上がった」と判断しているのか考えてみます。
- まず、「リモートワークは生産性を下げる」という前提を疑う
- 「働いている姿」は測りやすい
- しかし、「出社率」と「生産性」は別の数字
- リモートワークにも明確な弱点はある
- だから「完全出社」が正解になるのか?
- では、なぜ企業は完全出社へ戻したがるのか?
- 管理職不足と出社回帰はつながっているかもしれない
- 社員一人の生産性と、組織の生産性は違う
- これはAI導入とよく似ている
- 企業は本当に出社による生産性向上を測っているのか?
- それでも出社した方がよい仕事は存在する
- ところが会社は「全員一律」を選びやすい
- では、何を測ればよいのか?
- しかし企業が本当に欲しいものは「生産性」だけなのか?
- 社員側も「リモートの方が生産性が高い」とは限らない
- リモートワーク問題の本質は「働く場所」ではないのかもしれない
- 記事解剖室の結論
まず、「リモートワークは生産性を下げる」という前提を疑う
リモートワークを廃止する企業の説明には、しばしば暗黙の前提があります。
それは、オフィス勤務 > リモート勤務、という関係です。
ところが、研究を見るとそれほど単純ではありません。
2024年にNatureに掲載された研究では、中国の旅行会社Trip.comの社員1612人を対象に、週5日出社するグループと、週2日在宅勤務するハイブリッド勤務のグループを比較しました。
ハイブリッド勤務を行っても、業績評価、昇進、エンジニアのコード作成量などに有意な悪化は確認されていないんですよね。
一方で退職率は約3分の1低下。
さらに面白いのは、実験前には管理職がハイブリッド勤務によって生産性が平均2.6%低下すると予想していたのに、実験後には逆に約1%上昇すると認識を改めたことです。
つまり、実際に生産性が低いことと、管理職から見て生産性が低そうに見えることは同じではない、という問題が出てきます。
これはかなり重要です。
「働いている姿」は測りやすい
会社へ行けば、朝何時に来たか分かりますし、席にいるか分かります。
会議へ参加しているか分かります、上司が話しかけたときにすぐ返事をするかも分かります。
つまり出社勤務では、労働の過程が見えるんですよね。
一方、リモートワークでは違います。
社員が午前9時にパソコンを開き、その後どう仕事をしているのか上司には見えません。
1時間で資料を作ったのか、3時間かかったのか。
途中でコーヒーを飲んでいたのか、家事をしていたのか。
分からないんですよね、見えませんから。
だから成果ではなく、「仕事をしているように見える状態」によって社員を管理してきた組織ほど、リモートワークに不安を感じやすいのではないでしょうか。
これは以前の記事解剖室で考察した「人事評価はなぜ社員の行動を歪めるのか?」ともつながります。
そこでは、
測定しやすい仕事ほど評価され、後輩育成、トラブル予防、情報共有など測りにくい仕事が評価からこぼれる
という問題を考えました。

リモートワーク問題にも非常によく似た構造があります。
社員の成果は測りにくい。
しかし、会社に来ているかどうかは極めて測りやすい。
すると、いつの間にか出社=働いているという代理指標が使われるようになります。
しかし、「出社率」と「生産性」は別の数字
例えば、ある会社が完全出社へ戻したとします。
すると、出社率100%、オフィス利用率上昇、対面会議増加、上司と部下の接触回数増加。
これらはほぼ確実に起こります。
経営会議では、「社員同士のコミュニケーションが活発になりました」と報告できるでしょう。
しかし、コミュニケーションが増えたことと、生産性が上がったことは同じではありません。
会議が1日3回から5回へ増えた、雑談が増えた。
上司がすぐ部下へ質問できるようになった、部署間で声を掛けやすくなった。
これらには確かにメリットがあります。
しかし同時に、集中して作業する時間が減った。
通勤で1日2時間使うようになった。
話しかけられる回数が増えた、会議も増えた。
こういう社員が、出てくるかもしれません。
つまり、会社全体の「活動量」が増えることと、成果が増えることも違う。
ここを混同すると危険です。
リモートワークにも明確な弱点はある
だからといって、「リモートワークの方が優れている」という結論にもなりません。
リモートワークには明確な弱点があります。
Microsoftの6万人以上の社員を分析した研究では、全社的なリモート勤務によって社員同士のネットワークが以前より固定化し、部署やグループをまたぐコミュニケーションが減少する傾向が確認されています。
つまりリモートワークでは、普段一緒に働く人とは問題なく仕事ができる。
しかし、普段あまり関わらない人との偶発的な接触が減ります。
これは結構重要です。
例えば会社で、「そういえば○○さん、この前の件どうなった?」という30秒の会話から情報交換が始まることがあります。
あるいは別部署の人が話している内容を聞いて「それ、うちの部署でも同じ問題がありますよ」となることもあるでしょう。
オンラインではこうした偶発性が起こりにくい、さらに新人教育も難しくなります。
新人は何を質問すればよいのかすら分からないことがあります。
出社していれば、先輩の仕事を横から見て「ああ、こう処理するのか」と自然に覚えることができます。
リモートでは、この暗黙知を意図的に言語化しなければなりません。
これは間違いなく管理コストになります。
だから「完全出社」が正解になるのか?
ここで経営側が、「やっぱりリモートワークは問題だ。全員出社させよう」と考えたくなるのは分かります。
しかし、ここでもう一つ問題があります。
リモートワークの弱点が存在することと、完全出社が最適解であることは同じではありません。
週5日リモートに問題がある、だから週5日出社。
これは0か100かの議論です。
しかし実際には、その間に、週1日出社、週2日出社、週3日出社、重要な会議だけ出社、新人だけ出社日を増やす、プロジェクト開始時だけ集まる……こんな具合に、いくらでも選択肢があります。
実際、Trip.comの実験では週3日出社・週2日在宅というハイブリッド勤務で、生産性を悪化させず退職率を大きく下げる結果が得られています。
別のフィールド実験でも、中間程度のハイブリッド勤務は、より多い・少ない出社頻度と比較して業績評価を悪化させず、ワークライフバランスや仕事満足度で良い結果が報告されています。
となれば、「リモートワークには欠点がある」から「リモートワークを廃止する」までの間には、かなり大きな論理の飛躍があります。
では、なぜ企業は完全出社へ戻したがるのか?
ここからが記事解剖室として面白いところです。
生産性以外の理由を考えてみます。
以前の「出社回帰は本当に生産性のためなのか?」では、
出社には管理可能性を高める効果がある
と考えました。
リモートワークでは、管理職は部下へ何をしてほしいのか、いつまでにやるのか、何を成果とするのか、どこまで裁量を与えるのか、どこで相談してほしいのか。
かなり明確に説明しなければなりません。
逆にオフィスなら、「ちょっとこれやって」「あれどうなった?」「今日中にお願い」という管理でも、ある程度会社は動きます。
つまりリモートワークは、社員側だけではなく、管理職側の能力も可視化してしまう可能性があります。
管理職不足と出社回帰はつながっているかもしれない
これは「誰も管理職になりたがらない会社は、最終的にどうなるのか?」でも触れた問題です。
管理職が不足すれば、一人の管理職が担当する人数は増えます。
しかし20人、30人の社員がバラバラの場所で働いている場合、
仕事の割り振り、成果確認、相談対応、情報共有、人材育成、評価、これらを設計する能力が必要になります。
ところが全員が同じオフィスにいれば、とりあえず見えるんで、困っていそうなら声を掛けられる。
誰が忙しいか何となく分かる。
だから出社回帰は、管理職不足や管理システムの未整備を、物理的な近さによって補っている可能性があります。
これは社員の生産性を高めているのではありません。
管理する側のコストを下げている、ここは区別した方がいいでしょう。
会社全体として合理的な場合もあります。
しかしそれを「社員の生産性向上」と説明すると話がずれてきます。
社員一人の生産性と、組織の生産性は違う
ここで一度、「生産性」を三つに分けてみます。
①個人生産性
一人の社員が一定時間でどれだけ成果を出したか。
資料作成やプログラミングなど、集中力が重要な仕事では、自宅の方が効率が良い人もいるでしょう。
②チーム生産性
情報交換、相談、仕事の分担、問題解決などを含めたチーム全体の成果。
ここでは対面コミュニケーションが有利になる場合があります。
③組織生産性
採用、退職、人材育成、管理コスト、オフィス費用まで含めた会社全体の成果。
ここまで見ると話はさらに複雑になります。
例えば完全出社によって、個人の仕事量 +5%になったとします。
しかし同時に、退職率上昇、採用難化、欠員補充、新人教育増加、管理職の負担増が起これば、会社全体ではマイナスになる可能性があります。
以前の記事解剖室の「完全出社で『静かな退職』が起きる理由」でも、この問題を取り上げました。

会社は社員をオフィスへ来させることはできます。
しかし出社させることと、社員が自発的に能力を最大限発揮することは別問題です。
完全出社に不満を持った社員が辞めなくても、最低限評価を下げられない程度だけ働く。
新しい提案をしなくなる、後輩の面倒を見なくなる、余分な仕事を引き受けなくなるという行動を取れば、数字に出にくい生産性低下が起こります。
これはAI導入とよく似ている
面白いことに、この問題は最近記事解剖室で考えたAI導入にも非常によく似ています。
「AIは仕事を減らしたのか、それとも『確認する仕事』を増やしたのか?」ではAIを導入した=生産性が上がった、とは限らないと考察しました。
AIで文章作成が10分短縮された。
しかし、AIの文章を確認する。
誤りを修正する、同僚のAI生成物を直す、AI利用ルールを作る、新人へAIの使い方を教える、という新しい仕事が増えていれば、組織全体では効率化していない可能性があります。
リモートワーク廃止も同じでしょう。
経営側が「コミュニケーションが増えた」「会議への参加率が上がった」「オフィスが活気づいた」「社員の状況が把握しやすくなった」と言ったとしても、それだけでは生産性が上がったとは言えません。
どちらも導入した制度そのものではなく、その結果として仕事全体がどう変化したかを見る必要があるという問題です。
企業は本当に出社による生産性向上を測っているのか?
ここで一つ疑問があります。
完全出社へ戻した会社は、その前後で本当に生産性を比較しているのでしょうか。
例えば、社員一人当たり利益。
案件処理時間、製品開発期間、欠勤率、離職率、採用費、管理職の労働時間、会議時間、社員満足度、新人が独り立ちするまでの期間。
これらを半年、1年、2年と比較する必要があります。
そうしなければ、「出社したらオフィスが活気づいた」以上のことは分かりません。
実際、米国S&P500企業のRTO=出社回帰命令を分析した研究では、出社命令後に従業員満足度が低下した一方、企業の財務パフォーマンスや企業価値が有意に改善した証拠は確認されませんでした。
もちろん、この研究だけで「出社回帰は無意味」と断言することはできません。
企業ごとに仕事も違います。
研究開発会社とコールセンターと広告会社を同じ条件で比較することもできません。
しかし少なくとも、出社させれば自動的に業績が上がるほど簡単な話ではなさそうです。
それでも出社した方がよい仕事は存在する
ここでリモートワーク万能論に行かないことも重要です。
例えば、新人教育。
複雑なプロジェクトの立ち上げ、ブレインストーミング、部署間調整、設備を使う仕事、機密情報を扱う仕事、緊急対応などでは、対面の方が合理的な場合があります。
また、Microsoftの研究が示したように、完全リモート勤務では組織内ネットワークが固定化し、異なるグループ間の接触が減る可能性があります。
だから本当の問いは出社かリモートか? ではないのかもしれません。
むしろどの仕事を、どこで行えば最も効率が良いのか? でしょう。
資料作成の日は自宅、部署横断会議の日は出社、新人育成日は出社。
一人で分析する日はリモート。
こう考えるなら、勤務地も仕事を行うための「道具」の一つになります。
ところが会社は「全員一律」を選びやすい
しかし、この設計には問題があります。
面倒なのです。
社員ごと、職種ごと、部署ごと、プロジェクトごと。
最適な出社頻度を考えなければなりません。
誰がいつ出社するかも調整する必要があります。
そのため会社からすれば、月曜から金曜まで全員出社の方が圧倒的に管理しやすい。
これは以前考えた人事評価の問題とも同じです。
本当に社員の成果を測ろうとすると複雑になります。
だから会社は、勤務時間、売上、案件数、出社日数、AI利用量といった測りやすい数字へ寄っていく。
つまり企業には最適な制度ではなく、管理しやすい制度を選ぶ誘惑があります。
そして管理しやすさと生産性が偶然一致するなら問題ありません。
しかし一致しない場合、会社は管理しやすくなった代わりに、生産性を落としている可能性があります。
では、何を測ればよいのか?
もし会社が本当に、「リモートワークを廃止すると生産性が上がる」と考えるのであれば、かなり単純な方法があります。
実験すればいいんです。
部署を分けて、A:週5日出社 B:週3日出社+週2日在宅 C:出社日を社員・チームに任せる
こんな形にして半年後に成果、品質、納期、離職率、欠勤率、残業時間、新人育成速度、会議時間、管理職の負担、社員満足度。
このあたりを全部ひっくるめた上で比較します。
Trip.comが行ったのも、基本的にはこの発想です。
これなら「社長は出社した方がいいと思う」でも「社員は在宅の方が楽だと言っている」というような、一方的な発言や立場に拠ったものではなく、データで決めることが出来ます。
そして部署によって違う結果が出ても構いません。
営業は週4日出社、開発は週2日、新人は最初の半年だけ週4日、ベテランは週1日。
私はむしろ生産性を上げる、という意味ではこんな感じでバラバラになるのが『最適化』という意味では部署ごと、状況によって変わるのが自然なのでは、と思うんですが……
生産性を理由にするのであれば、最も生産性の高い制度を採用すればいい。
私はそう考える、というだけの話ですね(´∀`)
しかし企業が本当に欲しいものは「生産性」だけなのか?
ただ、ここまで考えると、もう一つ疑問が出てきます。
会社が出社によって取り戻したいものは、本当に生産性なのか。
もしかすると、組織への帰属意識、会社文化、管理職の権限、社員の可視性、偶発的コミュニケーション、新人教育、情報統制などをまとめて「生産性」という言葉で説明しているのかもしれません。
これらは会社にとって重要です。
だから出社を求めること自体がおかしいわけではありません。
ただし、「会社として社員を同じ場所に集めたい」という経営上の都合と「出社した方が社員の生産性が高い」という科学的主張は別です。
ここを分離した方が議論はかなり分かりやすくなります。
社員側も「リモートの方が生産性が高い」とは限らない
逆方向にも同じ注意が必要でしょう。
社員が、「通勤しなくて楽だからリモートの方が生産性が高い」と言っても、それだけでは証明になりません。
通勤時間が減れば本人の生活満足度は上がります。
しかし新人教育が遅れているかもしれないし、部署間の交流が減っているかもしれない。
情報共有が弱くなっているかもしれないし、イノベーションが低下しているかもしれない。
つまり会社は見える=生産性と勘違いする危険があり、もう一方の社員は楽=生産性と勘違いする危険があります。
どちらか一方だけを正しいと考えない方がいいでしょう。
リモートワーク問題の本質は「働く場所」ではないのかもしれない
ここまで考えてくるとリモートワーク論争は、会社、自宅、どちらで働くべきか。
という場所の問題に見えて、実はそうではないのかもしれません。
本当に問われているのは会社は社員の成果をどのように定義し、測定し、管理するのか。
という問題です。
成果が明確なら、会社にいようが自宅にいようが評価できます。
逆に成果が曖昧なら社員が会社にいることそのものを「働いている証拠」として使いたくなります。
そう考えると、リモートワークをうまく運用できる会社とはITツールが充実している会社というより、仕事の目的、責任、期限、成果、評価基準、情報共有を明確にできる会社なのかもしれません。
これはかなり厳しい話です。
リモートワークは社員の働き方だけを変えたのではありません。
会社の管理能力そのものを試験してしまった。
とも考えられるからです。
記事解剖室の結論
ではリモートワーク廃止で生産性は上がるのか?
現在までの研究から最も妥当な答えを出すなら、
仕事と組織による。少なくとも「全員を会社へ戻せば生産性が上がる」という単純な関係は確認されていない。
となるでしょう。
完全リモートには弱点があります。
部署をまたぐコミュニケーション、新人教育、偶発的な情報交換、組織文化。
こうした部分では対面勤務が有利になる可能性があります。
しかし同時に、集中時間、通勤時間、離職率、採用競争力、社員満足度。
といった面ではリモート勤務やハイブリッド勤務に利点があります。
だから、出社 vs リモートという二択そのものが間違っているのではないでしょうか。
本来企業が考えるべきなのは、何の仕事をするために出社するのかです。
「月曜日だから会社へ行く」ではなく、「今日は新人教育と部署横断会議があるから会社へ行く」「今日は分析資料を作るので自宅で集中する」。
そうなれば、オフィスも自宅も仕事をするための道具になります。
そしてこれは、記事解剖室でこれまで考えてきた、
人事評価、AI導入、管理職不足、静かな退職、成果主義にも共通する問題です。
制度そのものには善悪はありません。
AIを導入すれば生産性が上がるわけではない。
成果主義にすれば社員が頑張るわけではない。
出社させれば社員が働くわけでもない。
以前、「完全出社で『静かな退職』が起きる理由」で考えた、
会社へ出社させることはできても、社員を働かせることはできない。
という問題に戻ってきます。
会社には、社員を午前9時にオフィスの椅子へ座らせる権限があります。
しかし、考える、工夫する、助ける、教える、提案する、挑戦する。
こういう行動まで命令だけで引き出すことは難しい。
だから、リモートワーク廃止によって最初に増えるものは生産性ではなく、会社が社員を管理できているという感覚なのかもしれません。
そして本当に怖いのは、その二つを会社自身が区別できなくなることです。
オフィスに人が戻った、会議室が埋まった、上司が部下へすぐ声を掛けられるようになった、会社に活気が戻った。
そこで「やはり出社回帰は成功だった」と結論づけてしまう。
しかし半年後に退職者が増え、採用が難しくなり、残った社員の仕事量が増え、管理職が疲弊し、新人育成まで難しくなっていたとすれば、果たして生産性は上がったと言えるのでしょうか?
もしかすると出社回帰で最も測るべきなのは、
「社員が会社に何日来たか」ではなく、「出社させた結果、会社全体で何が増え、何が失われたのか」
なのだと思います。


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