仕事ができる人はなぜ本気を出さない?優秀な社員が能力を隠す5つの理由

記事解剖

会社からすれば、優秀な社員には能力を最大限発揮してもらいたい。

仕事が速い、問題を発見できる、改善案を考えられる、難しい仕事にも対応できる、周囲を助けることもできる。

そんな社員が持っている能力を100%発揮してくれるなら、会社にとってこれほどありがたいことはないでしょう。

ところが、現実には逆の現象が起こることがあります。

仕事ができる社員ほど、自分の本当の能力を会社に見せなくなる。

以前、記事解剖室では「なぜ有能な社員ほど能力を隠す組織が生まれるのか?」という問題を考えました。

なぜ有能な社員ほど能力を隠す組織が生まれるのか?仕事が早い人が損をする組織の構造
仕事が早いほど仕事が増え、報酬は変わらない。そんな職場では、有能な社員ほど本当の能力を隠す方が合理的になります。能力隠しが起きる組織の構造と、その副作用を考えます。

そこでの結論は、

能力を発揮した人に報酬ではなく負担を返す会社では、能力を隠すことが合理的になる。

というものでした。

さらに「仕事が早い人ほど損をする会社の12の特徴」では、仕事を早く終える、改善する、ミスを減らす、周囲を助ける、といった行動の結果として、追加業務や高い目標だけが返ってくる構造を考えました。

仕事が早い人ほど損をする会社の12の特徴
優秀な社員ほど仕事が増えて損をする会社には、共通する特徴があります。仕事が早い人、仕事ができる人に負担が集中し、評価や給料が追いつかないのはなぜか。優秀な社員が辞める、能力を隠す、やる気を失う組織の特徴を12項目から考察します。

しかし、改めて考えてみると、社員が能力を隠す理由は「仕事が増えるから」だけではありません。

人間関係を守るため、昇進を避けるため、自分の知識を守るため。

評価制度を攻略するため、様々な理由があります。

そこで今回は、優秀な社員が能力を隠す理由を、

①仕事量増加型
②評価不一致型
③人間関係防衛型
④キャリア防衛型
⑤知識・希少性防衛型

という5系統に分けて考えてみます。


仕事量増加型――「できる」と分かった瞬間、仕事が増える

最も分かりやすい能力隠しです。

例えばAさんとBさんが同じ仕事を担当しているとします。

Aさんは一日の仕事を8時間で終える。

Bさんは工夫して5時間で終える。

会社側からすれば、当然Bさんの方が生産性は高い。

ところが「もう終わったの? じゃあこれもお願い」となる。

Bさんは追加の仕事を与えられ、一日15件を処理する。

Aさんは10件。

……しかし給与はほぼ同じ。

これが一度なら特に問題ないでそう。

会社は勤務時間に対して給与を払っている以上、余った時間に別の仕事を依頼すること自体は当然あり得るからです。

問題なのは、それが恒常化した場合です。

10件できるなら12件、12件できるなら15件、15件できるなら今度から15件が標準。

こうなると、社員が能力を高めるほど、自分の仕事量の基準も上がります。

以前の記事で考えた「仕事が早い人ほど損をする会社」とまったく同じ構造です。

社員からすると、能力を上げる→仕事が増える→さらに成果を出す→それが最低基準になる→給与はほぼ変わらないというゲームになります。

ならば合理的な社員は途中で気付きます。

「全部できることを見せない方がいいのでは?」本当は5時間で終わる仕事を7時間かける。

余裕があっても言わない。

新しい効率化方法を思いついても共有しない。

手伝える状況でも忙しいように見せる。

会社から見れば「最近積極性が落ちた」ように見えるかもしれません。

しかし本人からすれば、会社が設定したルールに適応しているだけです。


評価不一致型――「成果を出しても得をしない」

二つ目は、仕事量そのものではなく評価の問題です。

100の成果を出した社員、70の成果を出した社員。

しかし賞与はほぼ同じ、昇給もほぼ同じ。

場合によっては、上司との関係が良い70の社員の方が高く評価される。

こういう経験を繰り返した社員は何を学習するでしょうか。

おそらく、100まで出す意味はないと考えるでしょう。

記事解剖室では「人事評価はなぜ社員の行動を歪めるのか?」で、評価制度について評価制度は社員を測るだけではなく、社員に「この会社では何をすると得なのか」を教える装置でもあると考えました。

これは能力隠しにも、そのまま当てはまります。

高い成果を出せば、給与が上がる。

自由時間が増える、裁量が広がる。

良い仕事を選べる、昇進の選択肢が増える。

そういう会社なら能力を見せる意味があります。

逆に、高い成果を出す。

仕事が増える、目標が上がる、責任が増える。

しかし待遇は変わらない。

ならば能力を見せる意味が弱くなります。

さらに最近の記事解剖室では、「人事評価に納得できない5種類の不信」についても考えました。

人事評価に納得できない5種類の不信
人事評価に納得できない、不公平だと感じるのはなぜか。評価基準、評価者、評価プロセス、評価結果、評価後の処遇という5種類の不信から、人事評価制度への不満が生まれる理由と、社員の働き方に与える影響を考察します。

評価基準そのものへの不信、評価者への不信、評価プロセスへの不信、評価結果への不信、そして評価後の処遇への不信。

このどこかが壊れるだけでも、「頑張っても正しく返ってこない」という認識が生まれます。

ここで興味深いのは、能力隠しが必ずしも「怠けたいから」起きるわけではないことです。

むしろ、努力と報酬の関係を理解した結果、投入量を最適化しているとも言えます。


人間関係防衛型――「優秀すぎると職場で生きにくい」

能力を隠す理由は、会社との関係だけではありません、同僚との関係もあります。

例えば、10人の職場で一人だけ突出して仕事が速い社員がいる。

本人には誰かを見下すつもりなどなくても、

「あの人ばかり評価される」「あの人が基準になると困る」「あいつだけ張り切っている」

と思われることがあります。

さらに、その社員が改善案を出した結果「今までのやり方は非効率だった」と明らかになれば、これまでその方法で働いてきた人間の立場まで揺らぐ可能性があります。

優秀な社員が発見した問題が、上司の管理不足を意味する場合もあるでしょう。

つまり能力を見せるという行為は、単純な生産性の問題ではなく周囲の評価や立場まで相対的に変えてしまうことがあります。

すると社員は学習します。

100%の能力を見せるより80%くらいにしておいた方が人間関係が楽。

改善できても、あえて口を出さない。

間違いに気付いても、重要でなければ黙っている。

自分だけ突出しないよう周囲へ合わせる。

これは会社にとって大きな損失ですが、本人には合理性があります。

特に評価制度が相対評価に近い会社では、この問題は強くなります。

自分が上がるということは、誰かが下がることを意味するからです。

社員同士が協力すべき組織なのに、制度が社員同士を競争相手に変えてしまう。

結果として会社への最適化より、集団への同調が優先されるという逆転現象が起きます。


キャリア防衛型――「できる人」だとバレると困る

普通に考えれば、能力を高く評価されることは良いことでしょう。

昇進する、重要な仕事を任される、責任のある立場になる。

しかし、それを本人が望んでいるとは限りません。

記事解剖室では「管理職になりたくない人が増えた理由」で、管理職を「会社が社員に売る商品」と考えてみました。

管理職になりたくない人が増えた理由 責任と報酬は釣り合っているのか
管理職になりたくない人が増えたのは、若者の出世欲が落ちたからではない。責任だけが増え、報酬や権限が追いつかないなら、昇進を避けるのは合理的な判断です。管理職を「会社が社員に売る商品」と捉え、なぜその魅力が失われたのかを考察します。

責任が大幅に増える、部下のトラブルを背負う、上司と現場の板挟みになる、勤務時間が長くなる。

その割に給与が少ししか増えない。

そんな商品なら、社員が買わないのは当然ではないか、という話です。

これを能力隠し側から見ると面白い現象が起きます。

仕事ができる、後輩を指導できる、トラブル対応もできる、周囲をまとめられる。

すると上司は、「次の管理職候補だな」と考える。

しかし本人は管理職になりたくない、ならばどうするでしょう?

管理職候補に見えない程度に能力を出すという戦略が成立します。

これは昇進だけではありません。

仕事ができることが分かると、人手不足部署へ異動させられる、難しいプロジェクトへ投入される、海外赴任候補になる、新規事業へ回される、後輩教育担当になる、トラブル処理要員として扱われる。

本人が望まないキャリアを会社側が「抜擢」と呼んで与える場合、能力を見せること自体がリスクになります。

すると、能力がないふりをする、リーダー役を避ける、意見を求められても深く答えない、責任を引き受けない、という行動が合理的になります。

会社からすれば「最近の社員は出世欲がない」と見えることでしょう。

しかし実際には、出世したくないから能力を隠しているのではなく、現在の出世条件では能力を見せる方が損だから隠しているのかもしれません。


知識・希少性防衛型――「全部教えたら、自分の価値がなくなる」

最後は少し違ったタイプです。

自分が持つ知識やノウハウそのものを隠すケースです。

仕事を長く続けていると、

「この設備はこの音がしたら危ない」「この取引先はこう対応した方がいい」「このエラーはこの順番で確認すると早い」「この作業はここを工夫すると半分の時間で終わる」

といった、マニュアルにはない知識が蓄積されます。

本来なら組織として共有した方がいい。

しかし社員側から見ると少し違います。

全部マニュアル化する、後輩へ教える、誰でもできるようになる。

すると、自分にしかできない仕事がなくなる。これは会社にとっては理想でしょう。

属人化がなくなるからです。

しかし本人にとっては、自分の希少価値を下げる行為にもなります。

特に会社への信頼が弱い場合、「全部教えたら自分はいらなくなるのでは?」「自動化したら人員削減されるのでは?」「AIにノウハウを学習させた後、自分の仕事がなくなるのでは?」

こういう疑念が生まれます。

AI時代には、この問題がかなり大きくなると思います。

従業員へ、「あなたの仕事をAIで効率化してください」と会社が求めたとします。

社員が一生懸命AIへ業務知識を移し、生産性を2倍にした。

その結果、「では人員を半分にできますね」となったらどうでしょう。

次から社員はAI活用に協力するでしょうか。

おそらく一部の社員は、自動化できることを会社に言わなくなるでしょう。

これはサボタージュというより自己防衛です。

記事解剖室では、「AIで1人が10人分働けるようになったら、その社員に10倍の給料を払うのか?」という問題も考えてきました。

AIで1人が10人分働けるようになったら、その社員に10倍の給料を払うのか?
AIで1人が10人分働けるようになったら、その社員に10倍の給料を払うのか考察してみます。

生産性向上によって生まれた価値を会社だけが回収し、社員には仕事量増加や雇用不安だけが返ってくるなら、社員がAIによる効率化へ全面協力するインセンティブは弱くなります。

ここから将来かなり重要な問題が出てきます。

AI時代の会社では、知識を持っている社員よりも自分の知識をAIや組織へ移せる社員の方が価値を生み出すかもしれません。

しかし、その行為によって本人の雇用が危うくなるなら、最も知識を持っている社員ほど知識移転を拒むという逆説が起きます。


5系統は別々に見えて、根は同じ

ここまで5種類に分けましたが、根本原因はかなり共通しています。

能力を発揮すると、本人に返ってくるものが何なのか……ここが根本原因でしょう。

仕事量増加型なら、能力→追加業務。

評価不一致型なら、能力→待遇変化なし。

人間関係防衛型なら、能力→周囲との摩擦。

キャリア防衛型なら、能力→望まない昇進や異動。

知識・希少性防衛型なら、能力共有→自分の希少価値低下。

つまり全て、能力を見せることによる期待利益より、期待損失の方が大きいという構造になっています。

社員が愚かだから能力を隠しているわけではありません。

むしろ会社の制度や人間関係を観察し、この会社では、本当の能力を全部見せない方が自分にとって得だ、と学習している可能性があります。


能力を隠す社員は「静かな退職」とも少し違う

ここで一つ区別しておきたいものがあります。

「静かな退職」です。

静かな退職では一般的に、与えられた職務以上のことを積極的に引き受けず、最低限の責任範囲で働くという状態が問題になります。

こちらの記事は静かな退職をメインに扱ったものではありませんが、いくらか触れているので参考までに。

会社へ出社させることはできても、社員を働かせることはできない?完全出社で「静かな退職」が起きる理由
完全出社を命じれば社員は職場に戻せます。しかし、出社そのものが意欲や生産性を高めるとは限りません。強制出社が「静かな退職」や離職につながる理由を、社員心理と組織運営の両面から考えます。

しかし能力隠しは少し違います。

本人は普通に仕事をしているし、場合によっては平均以上の成果も出している。

ただし、本当はもっとできるのに、それを会社へ見せていない。

例えば能力100の社員が70しか出さない。

それでも会社平均が60なら、優秀な社員として扱われるでしょう。

会社側は問題そのものに気付かない、これが能力隠しの怖いところです。

退職なら数字に出ます、欠勤も数字に出ます、生産性低下もある程度数字に出ます。

しかし、「本当なら120できた社員が80しかやっていない」という潜在能力の損失は測定できません。

しかも本人に聞いても、「これが精一杯です」と言われれば会社には確認する方法がほとんどありません。


最も危険なのは、「能力を隠せる優秀さ」を持つ社員かもしれない

さらに一段考えると、少し皮肉な結論になります。

能力を隠すためにも能力が必要です。

どこまで仕事をすれば評価されるか、どこから追加業務が来るか。

どの程度目立つと昇進候補になるか。

どの上司には何を見せるべきか、何を共有し、何を自分の中に残すか。

これを正確に判断できる人は、組織をかなりよく観察しています。

つまり最も高度な能力隠しをするのは、最も会社の仕組みを理解している社員である可能性があります。

会社からすると、その社員は問題なく働いているように見える。

評価も悪くない、辞めもしない、不満も表立って言わない。

しかし、その社員が本来生み出せたはずの価値の一部は、永久に表へ出てこない。

これは「優秀な社員が辞める」より発見しにくい問題かもしれません。

以前の記事解剖室では、「社員が辞めない会社は、本当に良い会社なのか?」という問題を考えました。

社員が辞めない会社は、本当に良い会社なのか?『転職できないから残る』時代の離職率を疑う
社員が辞めない会社は、本当に良い会社なのか、その前提をまず疑って考察してみました。

低い離職率の中に、会社への不満を抱えながら転職市場の事情などで残っている人間が含まれる可能性があります。

同じように、在籍している=能力を最大限発揮しているとも限りません。

社員は会社に残ったまま、能力だけを引き揚げることができます。


では会社はどうすればいいのか

ここまで来ると、「社員はもっと主体性を持つべきだ」「能力があるなら全部出してほしい」という精神論ではほとんど解決しません。

社員は会社の言葉ではなく、実際に起きたことを見ています。

仕事を早く終えた人がどうなったか、改善した人がどうなったか、管理職になった人がどうなったか、知識を共有した人がどうなったか、AIで効率化した部署がどうなったか。

社員はそれを観察して、自分の行動を決めます。

したがって会社側が考えるべきなのは、「もっと能力を出してもらうにはどう説得するか」ではなく、「能力を出した方が本人にとっても得になる制度になっているか」ではないでしょうか。

高い成果には給与を返す、給与を大きく変えられないなら、時間を返す、時間も無理なら、裁量を返す、昇進を望まない人には専門職ルートを用意する、知識共有を評価する、改善によって削減されたコストの一部を本人へ還元する、AIによる生産性向上が即座に本人の雇用不安につながらない設計を作る。

何らかの形で、能力を発揮することによって本人にも利益が生まれる交換条件が必要です。


記事解剖室の結論

優秀な社員が能力を隠す理由は、一つではありません。

仕事を増やされたくない。

頑張っても評価されない。

周囲との摩擦を避けたい。

望まない昇進を避けたい。

自分の知識や希少価値を守りたい。

一見すると別々の問題ですが、共通しているのは、

能力を見せることが本人にとって得になっていない。

という一点です。

会社から見れば、社員が100%の能力を出すことが合理的です。

しかし社員から見れば、100%出すと仕事が増え、責任が増え、人間関係が悪くなり、望まないキャリアを与えられる。

さらには自分の希少価値まで失う。

ならば70%程度に抑える方が合理的になる。

これは「最近の社員にはやる気がない」という話ではありません。

むしろ、社員が会社の制度を正確に理解した結果として、能力隠しが発生していると考えた方がよいのではないでしょうか。

以前、記事解剖室では「人事評価制度は社員を評価する制度であると同時に、社員の行動を作る制度でもある」と考えました。

人事評価はなぜ社員の行動を歪めるのか?働いているフリ・成果主義・AI評価から考える
人事評価はなぜ社員の行動を歪めるのか、働いているフリ・成果主義・AI評価から考察しています。

今回の問題も同じです。

会社が「もっと主体的に働いてほしい」「改善提案を出してほしい」「AIを積極的に使ってほしい」「知識を共有してほしい」「リーダーシップを発揮してほしい」

と言ったとしても、それを実行した社員が損をしているなら、言葉にはあまり意味がありません。

社員が見ているのは会社の標語ではなく、

能力を発揮した人間が、その後どう扱われたのか

だからです。

もしかすると会社が最初に調べるべきなのは、「能力を隠している社員は誰か」ではありません。

それより先に、

「この会社では、能力を隠す方が得になる瞬間がどこに存在しているのか?」

を調べるべきなのではないでしょうか。

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