物価が上がっているのに、なぜ値上げできない会社があるのか?

記事解剖

最近、色々なものが値上がりしています。

身の回りのものでは服、洗剤、ガソリン、歯ブラシ、家具、時計、ティッシュ、皿……値があがっていないものを数えた方が早いくらいではないでしょうか。

ちなみに、逆に値が下がったもの、と言われたら米しか私には思いつかなかったです(-_-;)

しかし、そんな状況下でも値があがっていない商品というものは存在します。

ここで、どうしてこんな物価高の世の中で値が上げられないのか、と不思議に私のような方はいらっしゃいませんか(-_-;)

一般にはどう理解されているか

一般には、原材料費や人件費が上がっているなら、その分だけ商品価格を上げればいいと考えられます。

実際、企業経営の基本だけ見ればその通りです。

原価100円の商品を120円で売っていた会社がある。

原価が110円になったのに販売価格を120円のままにすれば、利益は20円から10円へ半減します。

なら130円に値上げすればよい。

ところが現実にはそうなっていません。

中小企業庁の2026年3月調査では、コスト上昇分の価格転嫁率は54.2%。

改善傾向にはあるものの、上昇したコストの半分近くは依然として企業側が吸収している計算です。

原材料費の転嫁率は55.7%、労務費50.0%、エネルギーコスト48.9%でした。

さらに2026年5月の日本商工会議所調査でも、中東情勢によるコスト増について「価格転嫁できている・一部できている」企業が46.6%なのに対して、「ほとんど価格転嫁できていない・していない」が48.4%ありました。

つまり、「値上げすればいい」は正しい。しかし、多くの企業にとって値上げそのものが経営リスクになっている。

ここから考えた方がよさそうです。


当事者Aから見るとなぜ合理的なのか

まず、値上げできない会社側から考えてみます。

仮に地方で弁当を500円で売っている会社があるとします。

原材料、人件費、電気代、物流費が上がり、本当なら550円にしたい。

しかし経営者は考えます。

「550円にしたら客が減るのではないか」

隣の店が520円。スーパーなら498円。

コンビニにも競合商品がある。

すると値上げして利益率を守るより、価格を据え置いて客を守った方が安全に見えます。

BtoBならさらに厳しい。

部品メーカーが大手企業に、「材料費が10%上がったので単価を10%上げてください」と言ったとします。

発注側から、

「他社はそこまで上げていない」

「では別の会社にも見積もりを取ります」

「5%なら認めます」

と言われる。

こうなると受注企業は考えます。

10%値上げして失注するより、5%だけ転嫁して残り5%を自社で吸収した方がよい。

これは弱気というより、顧客を失う損失が値上げしない損失より大きいと判断しているわけです。

一社だけを見るなら、非常に合理的です。


当事者Bから見ると何が違うのか

しかし顧客側から見ると話が変わります。

消費者は、「企業が大変だから値上げを受け入れてあげよう」とは必ずしも考えません。

自分自身も、食料品、電気代、ガス代、家賃、保険料、社会保険料。

いろいろな支出が増えています。

2026年9月の日本商工会議所LOBO調査でも、物価高による節約志向の高まりで小売・サービス業の消費意欲に弱さが見られています。

「調査年 2026年」に関する記事一覧です | 商工会議所LOBO(早期景気観測)調査
2026年9月 業況DIは、相次ぐ値上げに天候不順が響きほぼ横ばい。先行きは、行楽需要が追い風となり、明るい兆し/2026年9月,2026年9月,2026年9月,2026年9月,2026年9月,2026年9月,2026年9月,2026年9月…

企業からすれば、

「コストが上がったから値上げしたい」

消費者からすれば、

「生活費が上がったから安い商品を選びたい」

どちらも合理的です。

BtoBでも同じです。

部品メーカーが「原料高なので10%値上げしてください」と言う。

しかし発注企業も、人件費、電気代、物流費、借入金利。

全部上がっています。

だから「こちらも苦しい」となる。

つまり売る側も値上げしたいし、買う側も値上げを拒否したい。

双方が合理的に行動した結果、価格転嫁が止まります。


全員が同じ行動をしたらどうなるか

企業A。「値上げしたら客が逃げるから据え置こう」

企業B。「競合が据え置いているから、うちも据え置こう」

企業C。「今年だけ利益を削って耐えよう」

企業D。「社員の昇給を抑えて吸収しよう」

企業E。「設備更新を先送りしよう」

一社なら成立します。

しかし全企業がこれをするとどうなるでしょう。

最初に、企業利益が圧迫されます。

次に、設備投資が減る。採用を抑える。賃上げを抑える。教育費を削る。人員を増やさない。

こういった対応が始まるでしょう。

すると社員の所得が伸びません。

所得が伸びないので消費者はさらに値上げを嫌がります。

すると企業はさらに値上げできない。

つまり、

値上げできない

↓

利益が減る

↓

賃上げできない

↓

家計が苦しくなる

↓

消費者が価格に敏感になる

↓

さらに値上げできない

このような悪循環が生まれます。

これはかなり厄介です。


一次効果の次に何が起きるか

値上げしない企業に最初に起きることは、利益率の低下です。

しかし本当に重要なのはその次です。

第1段階

原材料・人件費上昇

↓

価格据え置き

↓

利益減少

ここまでは簡単です。

第2段階

会社はどこかで帳尻を合わせ始めます。

まず設備投資。

「機械はあと3年使おう」

次に採用。

「退職者が出ても補充を少し待とう」

そして人件費。

「賃上げはしたいが余裕がない」

さらに教育。

「研修は来年にしよう」

会社からすると一つ一つは小さな節約です。

しかし数年積み重なると、企業の内部が少しずつ痩せていく。

ここから記事解剖室で何度も扱ってきた問題につながります。


その変化に人間はどう適応するか

社員は会社の事情を最初は理解するかもしれません。

「今年は原材料高だから仕方ない」

しかし2年。3年。4年。

給料がほとんど上がらない。

一方、世の中の物価は上がる。

すると社員から見ると、実質的には給料が下がっていることになります。

当然行動が変わります。

まず転職を考える。

次に、残業を減らす。

責任の大きい仕事を避ける、管理職になりたがらない、最低限の仕事しかしない。

つまり「静かな退職」に近づいていきます。

ここで最近の記事解剖室のテーマともつながります。

「静かな退職」が社員の価値観だけで生まれているとは限りません。

企業側が、頑張っても賃金を上げられないという状態を長期間続ければ、社員側も、

頑張っても生活は良くならない。

と学習します。

すると働き方を変えるのは、ある意味合理的です。


反論・例外・この仮説が成立しない条件

もちろん「値上げできない会社=すべて悪循環に陥る」わけではありません。

ブランド力が強い企業

アップルや高級ブランドのように、「高くても欲しい」と思わせられる会社は価格転嫁しやすい。

独占・寡占企業

他に代替商品がほとんどなければ値上げしやすい。

必需品

どうしても必要な商品なら需要は落ちにくい。

生産性向上で吸収できる企業

コストが10%上がっても、自動化や効率化で生産コストを10%下げられれば値上げする必要はありません。

実際、2026年版中小企業白書でも、価格転嫁だけではなく、成長投資やAI・デジタル化による生産性向上が重要だとされています。

また非常に重要なのが、そもそも自社の原価を把握しているかです。

中小企業庁の分析では、原価構成や利益を把握している小規模事業者ほど、コスト増の価格転嫁が進んでいます。

つまり、「値上げできない」と思っていた会社の中には、実際には値上げできないのではなく、いくら値上げすべきか自分でも分かっていない会社も含まれます。

ここは区別した方がよいでしょう。


5~10年続いた場合どうなるか

この状態が2026年から2031~2036年まで続いたらどうなるでしょう。

企業はおそらく4つに分かれていきます。

第一グループ――値上げできる会社

ブランド力、技術力、独自商品、交渉力を持つ会社です。

コスト上昇を販売価格へ転嫁できる。

利益を確保できる。

賃上げできる。

人材も確保できる。

設備投資も続けられる。

さらに競争力が上がります。


第二グループ――生産性で吸収する会社

価格を大きく上げなくても、AI、自動化、省人化、業務改善。

これでコストを抑える会社です。

ここも生き残るでしょう。


第三グループ――値上げできず、人件費で吸収する会社

かなり危険です。

価格を上げない→利益が減る→賃金を上げない→採用できない→人手不足→残った社員が忙しくなる→退職。

ここで以前の記事、

「人手不足なのに、なぜ会社は給料を上げないのか?」につながります。

その記事では、人手不足にもかかわらず企業が賃金を上げない理由を考察しました。

今回の話は、その一つ前の段階とも考えられます。

値上げできない

↓

利益がない

↓

給料を上げられない

↓

人が来ない

ということです。


第四グループ――退出する会社

値上げもできない、生産性も上げられない、人材も採れない、設備更新もできない。

この会社は最終的には、廃業、倒産、M&A、事業売却。

いずれかへ向かう可能性が高くなります。

これは最近扱った「利上げで倒産する会社は救うべきか?」にもつながります。

利上げで倒産する会社は救うべき?金利上昇で中小企業・ゾンビ企業に何が起きる
利上げで倒産する会社は救うべきなのでしょうか。金利上昇が中小企業や借入の多い企業に与える影響、低金利で生き延びてきたゾンビ企業問題、雇用や地域経済への波及まで整理。企業を救うのか、事業や雇用だけを残すのか、日本経済の新陳代謝という視点から考察します。

低金利だから問題が隠れている。

値上げできないから問題が隠れている。

社員が無理をしているから問題が隠れている。

いずれも短期的には企業を存続させる行動が、長期的には構造問題を温存するという共通点があります。


既存の記事解剖室の考察とどうつながるか

今回のテーマは、記事解剖室でこれまで扱ってきた問題をかなりきれいにつなげられます。

「人手不足なのに、なぜ会社は給料を上げないのか?」

人手不足なのに、なぜ会社は給料を上げないのか?採用難が続く企業の構造
「人が足りない」と言いながら、なぜ会社は給料を上げないのか?一人の賃上げが既存社員全体の給与に波及する問題から、採用難、離職、人材育成不足、省人化まで。企業には合理的に見える行動が、なぜ社会全体では人手不足を悪化させるのかを考察します。

前の記事では、

人が足りないなら賃金を上げればよいのに、なぜ上げないのか?

と考えました。

今回、その答えの一部が見えます。

商品価格を上げられない企業は、人材価格である賃金も上げにくい。

つまり、

販売価格の硬直
↓
利益率低下
↓
賃金の硬直
↓
採用難

という流れです。

そして、

「社員が一人辞めただけで倒産する会社はなぜ生まれる?」

社員が一人辞めただけで倒産する会社はなぜ生まれる?人手不足・属人化・教育不足の構造
社員が一人辞めただけで会社が倒産するのはなぜなのか。人手不足、属人化、教育不足、即戦力採用、余剰人員削減などの構造から、一人の退職が連鎖的な人材流出と経営悪化につながる理由を考察します。

値上げできない。

利益が薄い。

だから余剰人員を持てない。

教育に時間を使えない。

少人数で最大限働く。

すると一人辞めただけで会社が回らなくなる。

つまり、価格転嫁できない会社ほど、人的余裕も失いやすいという関係があります。

さらに「静かな退職」の問題にも接続します。

物価上昇。

↓

会社は値上げできない。

↓

賃金を上げられない。

↓

社員の実質賃金低下。

↓

社員「頑張っても生活が良くならない」

↓

静かな退職。

こう見ると、「静かな退職」「賃上げできない」「人手不足」「社員一人退職倒産」は別々の問題ではありません。

一本の線でつながっています。


記事解剖室の結論

「物価が上がっているのに、なぜ値上げできない会社があるのか?」

最も簡単な答えは、

客が逃げるのが怖いから。

でしょう。

しかし、それだけではありません。

値上げしない会社は、単に判断を誤っているわけではない。

一社だけを見れば、競合より高くしない。

大口顧客を失わない。

消費者を逃がさない。

今年だけ利益を削って耐える。

これらはすべて合理的です。

問題は、それを全企業が長期間続けた場合です。

企業は利益を削る。

設備投資を削る。

人件費を削る。

採用を削る。

教育を削る。

その結果、値上げしないことで顧客を守ったはずなのに、会社そのものが弱くなるという逆説が起きます。

そしてもう一つ重要なのは、価格には企業の生存に必要な費用まで含まれているということです。

商品価格100円には、原料費だけが入っているわけではありません。

社員の給料、新人を教育する時間、設備を更新する費用、事故に備える余裕、新商品を開発する研究費、会社が10年後も存在するための利益。

これらも本来含まれています。

ところが「客が離れるから」という理由で値上げを止め続けると、企業はまず目に見えない部分から削ります。

教育、予備人員、設備更新、研究開発、社員の昇給。

どれも今年削ったくらいでは会社は潰れません。

だから削りやすい。

しかし5年後、10年後には違います。

機械は古くなり、人は育っておらず、社員は辞め、商品は競争力を失う。

つまり、値上げできない会社が本当に削っているのは、現在の利益ではなく未来の会社なのかもしれません。

ただし、ここで、

「なら全部値上げすればいい」

とも言えません。

全企業が一斉に大幅値上げすれば、今度は家計の実質所得が圧迫され、需要そのものが縮みます。

だから本当の解決策は「値上げするか、しないか」ではない。

価格転嫁できるだけの商品を作る、取引先との交渉力を持つ、原価を把握する、生産性を上げる。

そして値上げによって得た利益の一部を賃金へ戻す。

この循環を作れるかどうかです。

理想的には、

コスト上昇

↓

適正な価格転嫁

↓

利益維持

↓

賃上げ

↓

家計所得増加

↓

値上げを受け入れられる購買力

↓

さらに適正な価格形成

という循環になります。

逆に失敗すると、

コスト上昇

↓

値上げできない

↓

利益減少

↓

賃上げできない

↓

消費者がさらに安さを求める

↓

さらに値上げできない

になります。

そして現在の日本企業にとって本当に怖いのは、単純な「物価高」そのものではなく、物価だけが上がり、価格・賃金・生産性のどれかが途中で止まってしまうことなのではないでしょうか。

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