キャリアプラン考えていない人が7割超 なぜ会社員は5年後の自分を描けなくなったのか?

記事解剖

日本商工会議所の「日商 Assist Biz」に、少し気になる記事が掲載されていました。

「働く人の景況感は悪化 キャリア計画『ない』7割超 日本生産性本部調査」

元になっているのは、日本生産性本部が2026年7月6~7日に20歳以上の雇用者1100人を対象として行った、第19回「働く人の意識調査」です。

働く人の景況感は悪化 キャリア計画「ない」7割超 日本生産性本部調査 日本生産性本部|日商 Assist Biz
公益財団法人日本生産性本部は7月30日、「第19回働く人の意識に関する調査」の結果を公表した。

調査では、

  • 現在の景気を「悪い・やや悪い」と見る人 56.6%
  • 今後景気が「悪くなる・やや悪くなる」と見る人 45.8%
  • 自身の雇用に「不安を感じない」人 50.1%
  • 今後の収入に「不安を感じない」人 36.0%
  • キャリアプランを「特に考えていない」人 72.9%

となっています。

特に最後の72.9%は、2020年の調査開始以来最多です。

一見すると、日本人は自分のキャリアについて考えなくなったという話に見えます。

しかし、本当にそうなのでしょうか。

今回はこの数字を、これまで記事解剖室で考えてきた「会社と社員の関係」「人材育成」「AI」「管理職」「能力を隠す社員」とつなげながら考えてみます。


記事は何を主張しているか

この記事自体は、かなり淡々とした調査結果の紹介です。

大きく分けると、景気に対する見方は悪化している。

しかし雇用そのものについては、半数以上がそれほど強い不安を感じていない。

一方で収入への安心感は低く、さらに自分自身のキャリアプランを特に考えていない人が72.9%に達した、という状態です。

同時に、副業を実際に行っている人は9.1%、将来的に行ってみたい人は27.6%、自己啓発を行っている人は13.2%。

そして今後伸ばしたい能力として、「生成AIを含むAIに関する知識・能力」も上位に入っています。

ここが面白いところです。

本当に将来について何も考えていないのであれば、AIを学びたい、副業をやってみたいとは考えないはずです。

したがって、キャリアを考えていない=未来について何も考えていないとは限らないのではないでしょうか。

むしろ、「5年後に係長、10年後に課長」といった従来型のキャリア設計を描けなくなっている、と解釈する余地があります。


筆者は誰に向けて書いているか

掲載媒体は日本商工会議所の「日商 Assist Biz」です。

したがって主要な読者として想定されているのは経営者、中小企業経営者、人事担当者、管理職などでしょう。

この記事は労働者に「もっとキャリアを考えましょう」と説教する記事ではありません。

むしろ経営側に、現在の社員が会社や仕事についてどのように考えているのかを知らせるための記事だと考えた方が自然です。

その意味では「キャリアプランなし72.9%」という数字は結構重い。

会社が「社員にはもっと主体的にキャリアを形成してほしい」と考えている一方で、社員の約4人に3人が明確なキャリア設計を持っていないからです。


読者に何をさせたいか

この記事には「○○を導入しましょう」というような直接的な主張はありません。

調査紹介記事だからです。

しかし経営側の読者に対しては、従業員の意識が以前とは変わっていることを認識してほしい、という機能を持っていると思います。

特に、景気不安、収入不安、キャリア意識、副業、AI、テレワーク。

これらをまとめて掲載している点が重要です。

働き方そのものが変化している。

その中で企業も、人材育成や人事制度を考え直さなければならない。

そのための基礎データとして提示されているのでしょう。


どんな前提を置いているか

ここから記事解剖室らしく掘ってみます。

前提1 キャリアプランを持つことは望ましい

そもそも「キャリアプランを特に考えていない人が72.9%」という数字がニュースになる背景には、

本来、人は自分のキャリアを考えるものだ。

という前提があります。

20代で経験を積む、30代で専門性を高める、40代で管理職になる、あるいは専門職になる。

このように、現在→未来をある程度連続したものとして考える。

しかし、この前提自体が弱くなっている可能性があります。


前提2 未来の仕事はある程度予測できる

キャリアプランというものは、未来を予測できなければ作れません。

例えば5年後、この会社がどうなっているか。

5年後、自分の仕事が存在するか、どんな能力が評価されるか、どんな部署が存在するか、どれくらい給与が上がるか。

これらがある程度予測できて初めて「では私はこの能力を伸ばそう」と考えることができます。

しかし現在は、AI、事業再編、人員削減、ジョブ型雇用、副業、転職、出社回帰。

これらが同時進行しています。

未来の仕事そのものが読みにくくなっています。


前提3 会社の中にキャリアが存在する

従来の日本企業では、

入社→一般社員→主任→係長→課長→部長

こんな感じで、比較的分かりやすい梯子がありました。

ところが以前、記事解剖室では「誰も管理職になりたがらない会社は、最終的にどうなるのか?」を考察しました。

誰も管理職になりたがらない会社は、最終的にどうなるのか?
責任は増えるのに待遇は見合わない。そんな状態が続けば、管理職候補は減っていきます。管理職になりたくない人が増える理由と、その結果会社に何が起きるのかを考察します。

管理職になれば、責任が増える、残業が増える、部下の問題まで背負う。

しかし給与差はそれほど大きくない。

となれば、昇進しない方が合理的という判断も成立します。

つまり会社が用意しているキャリアの梯子そのものを、社員が登りたいと思わなくなっている可能性もあります。


何が書かれていないか

今回の記事で最も重要なのはここだと思います。

書かれていないこと1 なぜ72.9%なのか

記事では「キャリアプランを特に考えていない」が72.9%だったという事実は書かれています。

しかし、なぜ考えていないのか、その原因までは分かりません。

これはかなり重要です。

考えられる理由は複数あります。

単純に面倒だから、今の仕事で満足しているから、出世したくないから、未来が予測できないから、会社に将来を期待していないから、転職する可能性があるから、AIで仕事がどうなるか分からないから、生活するだけで精一杯だから。

これらは全部意味が違います。

72.9%を一括して、「日本人はキャリア意識が低い」と解釈するのは危険でしょう。


書かれていないこと2 「キャリア」の定義が変わっている可能性

以前の記事解剖室では、「AI時代に会社と長期的な関係を結ぶことは合理的か?」を考察しました。

AI時代に会社と長期的な関係を結ぶことは合理的か?
AI時代に会社と長期的な関係を結ぶことは合理的かどうか考察しています。

そこで、長く勤めること自体ではなく、その会社にいることで自分の価値が上がるかを見る時代になるのではないか、と考えました。

つまり社員の頭の中では、課長になる、部長になるという会社内部のキャリアではなく、

AIを勉強する、資格を取る、副業を作る、金融資産を持つ、転職可能な技能を身につけるという、

会社の外まで含めたキャリア。

こちらの方向性に変わっている可能性があります。

もしそうなら「キャリアプランを持っていない」のではなく、会社側が想定するキャリアと社員側が考える人生戦略がずれていることになります。


書かれていないこと3 会社自身が社員のキャリアを不透明にしていないか

企業側はよく「自律的にキャリアを形成してください」と言います。

しかし同時に、AIを導入する、組織を再編する、管理職を削減する、仕事を外注する、即戦力を採用することも行います。

もちろん企業にも競争上の事情があります。

これまでの記事解剖室でも、競合企業がAIで100人を80人に減らしたとき、自社だけ100人を維持できるとは限らない。と考察しました。

しかし社員側から見れば、会社自身が5年後の雇用を保証できない、それなのに、「あなたの10年後のキャリアを描いてください」と言われても難しい。

こういう問題もあります。

これは結構大きな矛盾です。


書かれていないこと4 72.9%は「無気力」ではなく「合理的な保留」かもしれない

未来が読めないときの戦略には二種類あります。

未来を予測して一本に賭ける。

もう一つは、選択肢を残す。

例えば、会社一本にキャリアを賭けない。

管理職になると決めない、専門職になるとも決めない、転職するとも決めない。

AIを勉強し、副業も試し、何かあっても良いよう貯蓄もして、チャンスがあれば転職する。

一見すると無計画。

しかし不確実な環境では、特定の未来に自分を固定しないことも一つの戦略になります。

これは「キャリアプランがない」というより、「固定されたキャリアプランを作らない」という適応かもしれません。


記事の有効な部分は何か

今回の記事の最も有効なところは、働く人の意識を複数の数字で同時に見せていることです。

景気は悪いと思っている、収入には不安がある、しかし雇用そのものへの不安はそこまで高くない。

キャリアは考えていない、しかしAIには興味がある、副業にも一定の関心がある。

これを一つずつ見ると矛盾しています。

しかしまとめると、一つの人物像が浮かびます。

「今すぐ仕事を失うとは思っていない。しかし、この会社で10年後どうなっているかは分からない」

こういう社員です。

これは現在の日本企業を考える上で、かなり重要な状態ではないでしょうか。


別の立場から見るとどうなるか

経営者から見ると

かなり困る数字でしょう。

社員の4人に3人が将来像を描いていないのであれば、管理職候補、専門職候補、後継者、熟練技能者をどう作るのかという問題が出てきます。

会社が必要になったとき市場から経験者を採ればよいという方法もありますが、以前の記事「AI時代、会社は誰が人材を育てるのか?」では、

全企業が経験者だけを欲しがれば、経験者を育てる企業がなくなる。

という「人材育成のフリーライダー問題」を考えました。

AI時代、会社は誰が人材を育てるのか?
AI時代、会社は誰が人材を育てるのか考察しています。

社員が将来を考えない、会社も長期育成をしないとなれば、双方が短期合理性を追求した結果、5年後、10年後に必要な人材がいないということが起こります。


社員から見ると

一方、社員だけを責めるのもおかしい。

企業自身が、必要なら組織を再編する、必要なら人員を削減する、必要ならAIへ仕事を移すのであれば……

社員側にも必要なら転職する、必要なら副業する、必要なら資格を取る、必要なら会社以外に収入源を作るという行動を取る合理性があります。

会社が社員への依存を減らす、社員も会社への依存を減らす。

完全に対称です。


人事から見ると

「キャリア研修を増やそう」という対応だけでは、おそらく足りません。

社員に、「5年後の自分を書いてください」と言っても、その会社で5年後にどんな仕事が存在するのか分からなければ答えようがありません。

むしろ企業側が、この技能を身につければ給与がこう上がる、この仕事を経験すれば次の仕事へ進める、管理職になれば責任だけでなく権限と待遇も増える、この会社に5年在籍すれば市場価値も上がる。

こんな具合にキャリアの見返りを可視化する必要があるのかもしれません。


この出来事が5年続いたらどうなるか?

ここからは調査結果そのものではなく、記事解剖室としてのシナリオです。

仮に、キャリアを明確に考えない人が7割前後、自己啓発を実際に行う人は少数。

一方でAIなど一部の技能だけには関心が集まる、という状態が2031年まで続いたとします。

AIに提示して貰ったところ、大きく四つの変化が起きる可能性があるそうです。


社員が二極化する

一方にはAI、資格、副業、転職、専門技能などへ継続的に投資する人。

もう一方には、現在の仕事を続けながら特別なキャリア投資をしない人が生まれます。

これは単純な能力差ではありません、5年間の「複利」です。

毎年少しずつ技能を増やす人と現在の仕事だけを続ける人では、5年後には選択肢の数がかなり違っている可能性があります。


企業内部の人材育成がさらに難しくなる

以前の記事解剖室では、AIによって新人向けの簡単な仕事が減る、管理職になりたい人も減る、リモートワークで先輩を見る機会も減る、という問題を考えてきました。

ここへ、社員自身も長期キャリアを描かないが加わります。

すると、会社が「5年かけて育てたい」と考えているのに、社員側は「5年後ここにいるか分からない」という食い違いが発生します。

企業は育成投資をためらい、社員も会社固有技能への投資をためらう。

その結果、双方が長期投資を避ける均衡が成立する可能性があります。


「即戦力しか採らない会社」がさらに増える

育成に時間をかけても退職される。

なら、最初から経験者を採ろうと企業は考えます。

しかし全企業が同じことをすれば以前の記事で考えた、経験者を誰が生産するのかという問題へ戻ります。

2026年に新人を育てない。

2031年に中堅が足りない。

2036年に管理職・熟練者が足りない。

このように、時差を伴った人手不足が起こる可能性があります。

人手不足は人数だけではありません。

経験年数の不足。

もあるからです。


会社と社員の関係が「長期共同体」から「期間限定契約」に近づく

最終的にはここが一番大きいかもしれません。

企業側:必要な能力を必要な期間買う。

社員側:給与・経験・技能を得られる間は会社にいる。

上記の関係です。

もちろん雇用契約そのものが短期契約になるという意味ではありません、心理的な意味です。

以前の記事解剖室では組織への信頼が弱まると社員が仕事を、

「共同事業」ではなく「最低限の交換契約」

として扱うようになる可能性を考えました。

キャリアについても同じことが起こるかもしれません。

会社が自分の人生を設計してくれるとは考えない。

会社も社員が20年残るとは考えない。

双方が「今、この関係には価値があるか」を定期的に評価する。

こうした雇用関係へ近づいていく可能性があります。


記事解剖室の結論

今回の記事を読んで一番気になったのは、「キャリアプランを考えていない人が72.9%もいる」ことそのものではありません。

本当に重要なのは、なぜキャリアを考えなくなったのか、です。

単なる無関心ならキャリア教育をすればよい。

しかし、未来の仕事が予測できない、会社が長期雇用を保証できない。

昇進に魅力がない、AIによって必要能力が変わる、転職や副業という選択肢が増える。

環境変化への適応として「キャリアを固定しない」人が増えているのであれば、話はまったく違います。

会社が社員へ、「もっと自分のキャリアを考えてください」と言うだけでは解決しません。

社員がキャリアを考えられる環境そのものを作る必要があります。

そして今回の調査には、もう一つ興味深い数字があります。

キャリアプランを特に考えていない人が72.9%いる一方、生成AIを含むAI関連能力を伸ばしたいと考えている人もいます。

これは矛盾ではないのかもしれません。

むしろ「10年後に何になりたいかは分からない。しかし、何が起きても困らないように使えそうな能力だけは持っておきたい」という新しいキャリア観の表れなのかもしれません。

昔のキャリア設計は目的地を決めて、そこへ向かう設計でした。

これから増えていくのは目的地は決めず、どこへでも動ける状態を維持する設計なのではないでしょうか。

もしそうなら「キャリアプランを持たない人が増えた」という今回のニュースは、日本人が将来を考えなくなったというニュースではありません。

むしろ一つの会社の中で将来を設計するという、従来型キャリアモデルそのものが弱くなっているというニュースとして読む方が面白いのではないでしょうか。

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