人手不足の会社ほど新人教育ができないのはなぜ?「教える時間がない」が人手不足を悪化させる理由

記事解剖

「人手が足りないなら、新しい人を採って育てればいい」

理屈だけで考えれば、その通りです。

人が足りない、だから採用する。

採用した人を教育すれば、仕事を覚えた人が増え、人手不足が解消する。

非常に単純な話に見えます。

ところが現実には、逆の現象が起こることがあります。

人手不足になる、忙しくなった結果、教育する時間がなくなり、新人が育たないために新人に仕事を任せられないことで既存社員の仕事が減らない。

さらに忙しくなる、そして新人が辞める。

……今現在、私の職場で起こっている現象を、どうしてAIはこうまで細かく分解してくれやがるのでしょうか(-_-;)

話を戻しましょう。

簡単に話をまとめると、

人材育成が最も必要な会社ほど、人材育成をする余裕を失っていく

という逆説です。

これは単に「忙しいから教えられない」という話なのでしょうか。

もう少し構造的に考えてみます。


一般にはどう理解されているか

人手不足の会社で教育が行われなくなる理由は、一般にはかなり単純に説明されます。

「忙しくて教える暇がないから」

まぁ、そうですよね、これは間違っていません。

実際、日本企業の人材育成上の課題として、

「指導する人材が不足している」「人材を育成しても辞めてしまう」「人材育成を行う時間がない」が上位に並んでいます。

つまり、教える人がいない、教える時間がない、せっかく教えても辞めるという三つの問題が同時に起きています。

しかし、ここで少し疑問が生じます。

人手不足を解消するためには、人を育てなければならない。

それなのに、人手不足だから人を育てられない、となっている。

これは、火事を消すために水が必要なのに「火事が勢いが強過ぎるせいで、忙しくて水を汲む暇がない」と言っているようなものです。

なぜこのような状態になるのでしょうか。


当事者A――会社から見るとなぜ合理的なのか

会社、あるいは現場管理職から考えてみます。

社員10人で行う仕事があるとします。

本来なら、8人が通常業務、1人が教育、1人が予備くらいの余力があれば、新人を育てることができます。

ところが2人辞めた。

社員は8人になりますが、仕事量は10人分残っています。

すると、8人で10人分の仕事をしなければなりません。

そこへ新人が入ってきます。

新人は最初から一人分の仕事をこなせません。

それはそうです、むしろ最初は質問する、確認してもらう、作業を見てもらう、ミスを直してもらう、という形で既存社員の時間を消費します。

仮に新人一人を育てるために、ベテラン社員の仕事量の20%を使うとしましょう。

会社から見ると短期的には、

新人を教育する→ベテランの生産量が減る→今日の仕事が終わらない、となります。

すると現場管理職は「今日はとりあえず俺がやる」という判断をするでしょう。

これは短期的には完全に合理的です。

今日納品しなければならない、今日生産しなければならない、今日顧客対応しなければならない。

教育の効果が出るのは半年後以降だとすれば、まずは目の前の仕事は今日終わらせなければならない。

だから、

今日の生産を優先して、未来の生産能力への投資を後回しにする。

これが起きます。


当事者B――新人・若手から見ると何が違うのか

しかし新人から見るとまったく違う景色になります。

会社は求人票で「未経験歓迎」「丁寧に指導します」「先輩社員がサポート」と書いていたとします。

ところが入社すると……

先輩社員は忙しい、質問すると「スマン、今忙しいから後で」と言われる。

待っていても誰も来ない。

仕方なく自分でやると、間違えてしまう。

すると「分からなかったら聞いて」と言われる。

しかし聞くと「今忙しい」となる。

新人から見れば質問しても怒られる。質問しなくても怒られるという状態になります。

さらに厄介なのは、教育されていないことと能力不足が区別されにくいことです。

十分教わっていない→仕事ができない→「最近の新人は覚えが悪い」と評価される。

しかし新人側からすれば、「そもそも教えてもらっていない」という可能性も出てきます。

ここで会社と新人の認識に大きなズレが生まれます。

会社側:教えている余裕がないほど忙しい。

新人側:この会社には教育制度がない。

同じ現象を見ているのに、意味がまったく違います。


全員が同じ行動をしたらどうなるか

ここからが重要です。

社員全員が、「忙しいから自分でやった方が早い」と考えたとします。

Aさんは自分でやる。Bさんも自分でやる。Cさんも自分でやる。

新人には簡単な仕事しか渡さない。

すると短期的には仕事が速く進みます。

しかし半年後、新人は難しい仕事を覚えていません。

一年後、まだベテランしかできない仕事が大量に残っています。

そのベテランが辞めてしまうと【誰もできない仕事】が発生します。

残ったベテランにさらに仕事が集中します。

そしてまた、

「教育している暇なんてない」

となる。

つまり教育しないことで短期的に時間を節約する→育つ人が減る→できる人へ仕事が集中する→できる人がさらに忙しくなる→ますます教育できなくなる。

完全な悪循環が成立してしまうんですよね。

これは記事解剖室で以前扱った、「『自分でやった方が早い』を続ける会社は、なぜ永遠に人が育たないのか?」という問題の会社全体版でもあります。

「自分でやった方が早い」を続ける会社は、なぜ永遠に人が育たないのか?
「自分でやった方が早い」を続ける会社は、なぜ永遠に人が育たないのか考察しています。

以前の記事では、管理職に育成する余力があるという暗黙の前提そのものを疑いました。

管理職の仕事量がすでに100なら、教育20を追加すれば120になります。

では、その20を誰が引き受けるのか。

ここを解決しないまま「もっと部下を育成してください」と言っても、現場からすれば仕事が増えただけです。


一次効果の次に何が起きるか

人手不足の一次効果は、一人当たりの仕事量が増えること。

しかし本当に危険なのは、その後です。

第一段階

人が辞める→一人当たり仕事量増加

第二段階

忙しくなる→教育時間削減

第三段階

新人が育たない→ベテランしかできない仕事が残る

第四段階

ベテランへ仕事集中→残業・責任増加

第五段階

ベテランが疲弊→退職

第六段階

さらに人手不足

こういう形になります。

つまり、人手不足は単に人数を減らすだけではない。

会社の「次の人間を育てる能力」そのものを破壊する可能性があります。

そして、この段階に入ると非常に厄介です。

私の今の職場がまさにそうなんですが、新しく一人採用しても解決しないんです。

なぜなら、採った人を一人前にする人がいないから(-_-;)


その変化に人間はどう適応するか

人間は制度だけでなく、環境にも適応します。

教育する余裕がない会社では、社員もその環境に合わせた行動を始めます。

まずベテラン社員。

新人へ仕事を教えると、自分の仕事が遅れます。

しかも新人が育ったからといって、自分の給料が増えるとは限りません。

さらに、新人が育った途端に辞める可能性もあります。

すると、教育は自分にとって割に合わない仕事になります。

結果、自分でやった方が早いとなります。

次に新人。

教えてもらえないなら自分で調べる、他社でも使える資格を取る、社内固有の技能より汎用技能を学ぶ。

そして、この会社で育ててもらえないなら、ある程度経験を積んだら転職しよう、と考えるかもしれません。

管理職も適応します。

新人をじっくり育てるより、最初からできる人を採ってほしいと言い始めます。

すると採用担当は、即戦力募集を増やします。

そして会社全体が、

新人を育てる→経験者にするというモデルから、

どこかで育った経験者を買ってくる

モデルへ移っていきます。


反論・例外・この仮説が成立しない条件

もちろん、人手不足企業は必ず教育できなくなるわけではありません。

いくつか条件があります。

第一に、教育を標準化している会社です。

動画教材、マニュアル、eラーニング、シミュレーター、チェックリスト、標準作業書。

こうした仕組みが十分整っていれば、

ベテランが横について一から十まで教える

この必要性はグッと減ります。

第二に、教育担当を通常業務から外している会社のケース

新人教育を「空いた時間にやる仕事」にせず、教育そのものを正式な業務として扱うので、人手不足に関連して社員教育がおざなりになることは少ないでしょう。

第三に、十分な人員余裕を持つ会社。

人員100%稼働ではなく、90%程度で通常業務を回せるなら、残り10%を教育や改善へ使えます。

第四に、育成期間が短い仕事。

数日、数週間で習得できる仕事なら、人手不足でも新人投入による効果が早く出ます。

逆に、一人前まで3年、5年かかる仕事ほどこの問題は深刻になります。

そして第五に、AIや自動化によって教育コストそのものを下げられる場合。

例えば、作業手順検索、質問対応AI、技能記録、ARによる作業支援、シミュレーション教育などによって、ベテラン一人が新人一人を付きっきりで教える必要が減れば、この悪循環を弱められる可能性があります。

ただしAIだけで、危険作業、暗黙知、現場判断、顧客対応、トラブル処理。

こういった事柄まで完全に教育できるとは限りません。

最後には人間から人間への技能移転が必要な仕事も残ります。


5~10年続いた場合どうなるか

この状態が数か月なら「繁忙期だから教育できない」で済みます。

しかし5年、10年続いたらどうでしょう。

最初の2~3年は、若手が育ちません、ベテランへ仕事が集中します。

3~5年後は中堅層が薄くなります。

すると、新人→中堅→ベテランという技能継承の階段が壊れます。

さらに5~10年後。今のベテランが退職、定年、病気、異動、管理職昇進。などで現場を離れ始めると、ここでやっと会社は初めて気づくんですよねぇ(-_-;)

私のケースだと五年以上前から『このままだと人員の確保ではなく、技術の継承的にマズイことになりますよ』って言い続けていても、どういう事態になるのか認識していませんでしたから……

「この仕事、できる奴はいるのか?」

ところが教育には時間がかかります。

今日ベテランが辞める。

明日求人を出す。

来月新人を採るとしても、一人前になるまで3年かかるなら、失った技能を来月補充することはできません。

つまり人材育成には、在庫のような性質があります。

今日必要になったから今日作ることができない、数年前から作っておかなければならない。

これは設備保全にも似ています。

整備費を節約すれば、今年の利益は増えます。

しかし整備しなかった設備が5年後に壊れる。

人材も同じで、教育時間を節約すれば、今日の生産量は増えます。

しかし、5年後の熟練者という資産を作っていないことになります。


既存の記事解剖室の考察とどうつながるか

このテーマは、これまでの記事解剖室で扱ってきた複数の記事の中心に位置します。

まず「自分でやった方が早い」を続ける会社は、なぜ永遠に人が育たないのか?との関係。

この記事では、自分でやる→短期的には速い→部下が育たない→仕事を任せられない→ますます自分でやる

上記の悪循環を考察しました。

今回の記事は、その現象を組織全体へ拡張したものです。

「自分でやった方が早い」

が個人単位で起きると部下が育たない。

「教育より今日の生産を優先する」

が会社単位で起きると次世代の社員が育たない。

構造はほぼ同じです。

「自分でやった方が早い」を続ける会社は、なぜ永遠に人が育たないのか?
「自分でやった方が早い」を続ける会社は、なぜ永遠に人が育たないのか考察しています。

次に「AI時代、会社は誰が人材を育てるのか?」との関係です。

企業Aが新人を採って育成する。

企業Bは新人教育をせず、A社で育った経験者を採る。

ならば企業Bの方が短期的には得になる可能性がある……という「人材育成のフリーライダー問題」を考えました。

しかし全企業がB社になれば、

経験者そのものが生まれなくなる。

今回の問題は、その一歩手前です。

企業が意図的に教育をやめなくても、

人手不足によって教育できなくなる

だけで同じ結果へ近づいていきます。

AI時代、会社は誰が人材を育てるのか?
AI時代、会社は誰が人材を育てるのか考察しています。

さらに、「AIで新人採用を減らす会社は、将来の経験者をどこから採用するのか?」という記事ともつながります。

経験者とは突然市場に現れる人材ではありません。

新人として入社し、失敗し、教えられ、経験を積み、数年かけて育てられます。

つまり経験者市場とは、過去に誰かが新人を育てた結果存在している市場なのです。

AIで新人採用を減らす会社は、将来の経験者をどこから採用するのか?
AIで新人採用を減らし、即戦力の経験者だけを採る企業が増えたら、その経験者は誰が育てるのでしょうか。AIによる若手採用減少、人材育成のフリーライダー問題、中堅・管理職不足まで、AI時代の採用市場に潜む矛盾を考察します。

そして「人手不足なのに、なぜ会社は給料を上げないのか?」ともつながります。

この記事では企業が、

賃上げ
採用
省人化
既存社員への負荷増

これらの間で短期的な合理性を追求すると、人手不足そのものを悪化させる可能性を考えました。

今回も同じです。

教育を止めれば今日の労働力は確保できます。

しかし未来の労働力が減ります。

つまり現在の人手不足を乗り切るための行動が、未来の人手不足を作るという共通構造があります。

人手不足なのに、なぜ会社は給料を上げないのか?採用難が続く企業の構造
「人が足りない」と言いながら、なぜ会社は給料を上げないのか?一人の賃上げが既存社員全体の給与に波及する問題から、採用難、離職、人材育成不足、省人化まで。企業には合理的に見える行動が、なぜ社会全体では人手不足を悪化させるのかを考察します。

記事解剖室の結論

「人手不足の会社ほど、なぜ教育する余裕がなくなるのか?」

最も単純な答えは、教育とは余った時間で行うものではなく、現在の生産能力を一部犠牲にして未来の生産能力を作る行為だから、ではないでしょうか。

新人教育をすれば、今日のベテランの生産量は落ちます。

教育担当者が必要になります。

新人は失敗し、仕事も遅くなります。

短期的には教育しない方が効率がいいのです。

ですが、教育をしなければ半年後も新人は新人のまま。

一年後もベテランへ仕事が集中します。

ベテランが辞めれば、さらに人手不足になります。

するとまた、忙しいから教育できないとなる。

つまり、人手不足→教育時間削減→人材が育たない→一部社員へ仕事集中→疲弊・退職→さらに人手不足→さらに教育時間削減

上記の自己強化ループが成立します。

そして一度この循環へ入った会社にとって、本当に不足しているものは「人数」だけではありません。

もっと重要なのは、未来のために今日の生産性を少し下げる決断だと私は考えています。

これが正しいのであれば、「社員をあと一人採れば人手不足は解決する」という発想自体が怪しくなってきます。

一人採っただけでは足りません。

その人を教育する人、教育する時間、失敗できる余裕。

教えている間に落ちる生産量を吸収する余剰能力。

これらを含めて初めて、「一人採用した」ことになります。

そして、ここには少し皮肉があります。

最も教育しやすい会社は、すでに十分な人数がいる会社だと思われるからです。

逆に、最も教育を必要としている会社は、教育する余裕がない会社。

したがって、人手不足企業が本当に警戒すべきなのは、今日の欠員数だけではありません。

「教育できない状態が何年続いているか」を見る必要があります。

欠員が2人なら、来月2人採れば数字の上では元に戻ります。

しかし教育を5年間止めていたなら、5年分失われた経験を来月の採用で取り戻すことはできません。

人材育成とは、人手不足になってから始める対策ではなく、人手不足になったときでも人を育て続けられるよう、平時から余力を残しておく仕組みです。

会社が余剰人員をすべて「無駄」と考え、社員一人ひとりを100%稼働させ、教育も改善も引き継ぎも「時間が空いたらやる仕事」にしてしまえば、短期的には非常に効率的な組織になります。

しかし、その組織には一つだけ弱点があります。

次の人を作れない。

人手不足の会社に必要なのは、単に「もっと採用すること」ではなく、人を育てられる程度まで、あえて余裕を取り戻すこと。

一見すると非効率に見えるその余裕こそが、5年後、10年後にも会社を動かせる人材を作るための、生産設備なのではないでしょうか。

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