会社が赤字になり、売上が落ちた。
このままでは会社が存続できない、だから人員を減らす。
これなら、社員から見ても納得できるかどうかは別として、理由そのものは理解できます。
ところが最近、少し違う種類のリストラが増えています。
会社は黒字なのに、社員を減らす。
東京商工リサーチによると、2026年1~9月に早期・希望退職募集が判明した上場企業は22社、対象者は5,345人でした。

引用・出典 東京商工リサーチ TSRデータインサイト
そして22社のうち14社、つまり63.6%が直近決算で黒字でした。
募集人数で見ても、黒字企業が3,406人と全体の63.7%を占めています。しかも22社中20社が製造業でした。
さらに2025年度を見ると、早期・希望退職募集の対象者は2万781人に達し、実施企業の約7割が黒字企業でした。
「儲かっているのに、なぜ人を辞めさせるのか?」
社員側から見れば、かなり不可解な話です。
しかし会社側から見ると、そこには一応の合理性があります。
問題は、その合理性を多くの会社が同時に追求したとき、何が起こるのかです。
今回はそこまで考えてみます。
一般にはどう理解されているか
黒字企業のリストラという言葉を見ると「利益を増やすために社員を切っている」と理解されやすいと思います。
実際、それも完全な間違いではありません。
社員を減らせば、人件費が下がる、利益率が上がる。
一人当たり売上や一人当たり利益などの生産性指標も改善する。
固定費が減るので、不況にも強くなる。
株主から見れば、余剰人員を抱え続ける会社より効率的に見えるでしょう。
ただし、今回の東京商工リサーチの記事を見る限り、理由は単純な利益確保だけではありません。
挙げられているのは、
- 不採算部門の整理
- 事業構造の転換
- 年齢構成の適正化
- AI・DXによる業務変化
- 成長分野への経営資源の集中
などです。
例えば住友重機械工業は、成長性の高い事業領域へ経営資源を重点投入することを理由に約500人規模の人員削減を発表しました。
沖電気工業では、AIやDXによる業務プロセスの変化などを背景に55歳以上などを対象とした制度を実施し、668人が応募しています。
つまり現在起きているのは、「会社が苦しいから人を減らす」から、「会社が苦しくなる前に人員構成を変える」への変化と見ることができます。
ここは非常に重要です。
当事者A―会社側から見るとなぜ合理的なのか
会社側から考えてみましょう。
例えば現在1,000人の社員がいる会社があるとします。
今は黒字です。
しかし経営陣には、「この事業は5年後には縮小している」「この仕事のかなりの部分はAIで自動化できる」「若いデジタル人材が必要になる」「現在の社員構成では人件費が上がり続ける」と見えているとします。
この場合、赤字になるまで何もしない→赤字になってから慌てて人を減らすよりも利益があり、退職金を上乗せできるうちに人員構成を変える方が経営としては合理的です。
むしろ会社側からすれば「黒字なのになぜリストラするのか?」ではなく、「黒字だからこそリストラできる」とも言えます。
赤字になり資金繰りが苦しくなってからでは、多額の割増退職金を用意する余裕さえなくなります。
さらに日本企業には、もう一つ事情があります。
人材には「人数」だけでなく「種類」があるからです。
例えば、従来事業に詳しい社員100人と、AI・ソフトウェア・データ分析のできる社員100人は、会社から見れば同じ100人ではありません。
企業が必要としている能力が変われば、「人手不足なのに人が余る」という一見矛盾した状態が発生します。
不足しているのは「人間」ではなく、現在必要としている能力を持った人間だからです。
そう考えると、50代社員を100人減らす。
同時にAI人材を50人採るということも、経営上は矛盾しません。
だから黒字リストラは、単純な人減らしというより、人材ポートフォリオの入れ替えとして行われる面があります。
当事者B―社員側から見ると何が違うのか
ところが社員から見ると、この理屈は全く違って見えます。
会社:「将来の競争力を高めるためです」
社員:「会社が儲かっているのに、なぜ自分が出ていかなければならないのか?」
こうなります。
ここには、会社と社員で時間軸が違うという問題があります。
会社は、5年後、10年後、企業価値、ROIC、事業ポートフォリオを見ます。
しかし社員にとって会社とは、今月の給料、住宅ローン、子どもの教育費、老後資金、自分のキャリアそのものです。
さらに、日本企業には長い間、
「会社に長く勤める」→「経験を積む」→「年齢とともに賃金が上がる」→「その代わり若い頃は会社に貢献する」
こういう暗黙の交換関係がありました。
ところが50代になったところで、「今後必要な能力と違うので早期退職してください」となれば、社員側から見れば、自分が守ってきた契約を、会社側だけが途中で書き換えたように感じる可能性があります。
法律上の契約とは別の、心理的契約が壊れるわけです。
ここから先が重要です。
全員が同じ行動をしたらどうなるか
一社だけが黒字リストラするなら合理的です。
では、ほとんどの企業が同じ判断をしたらどうでしょう。
A社:「50代社員を減らし、若いDX人材を採ろう」
B社:「うちも」
C社:「うちも」
D社:「うちも」
すると当然、欲しい人材の価格が上がります。
AI人材、デジタル人材、専門職、若手経験者などを各社が奪い合うからです。
一方で、企業が欲しがらない人材は市場に大量に出てきます。
つまり労働市場が、不足している人材はものすごく不足する。
一方で、余る人材は大量に余るという二極化を起こします。
ここで妙な現象が生まれます。
人手不足なのにリストラが行われる。
実際、日本では人手不足倒産が増えている一方で、黒字企業が早期・希望退職を募集しています。
東京商工リサーチによれば、2026年度上半期の「人手不足」倒産は240件で過去最多となりました。
一見すると矛盾しています。
しかし実際には、人間の数が足りないのではなく、人材の配置が合っていないと考えれば両立します。
ここからさらに問題が出てきます。
企業A:「必要な経験者は外から採ればいい」
企業B:「うちも」
企業C:「うちも」
全企業:「育成より中途採用」
こうなれば今度は、その経験者を誰が育てるのかという問題が発生します……ええ、以前から記事解剖室で取り上げている話題ですね(-_-;)
一次効果の次に何が起きるか
リストラの一次効果は非常に分かりやすいです。
100人減らす→人件費が減る→利益率が上がる。
ここまでは決算書にもすぐ表れます。
しかし二次効果は、数年遅れて出ます。
例えば希望退職を募集すると、会社が辞めてほしい人だけが辞めるとは限りません。
転職できる人、能力の高い人、社外市場価値の高い人、人脈を持っている人。
こうした人ほど、「だったら割増退職金をもらって転職しよう」と考えることができます。
逆に転職が難しい人ほど残る可能性があります。
経済学で言う、逆選択が起きるわけです。
すると会社は、100人減らした→人件費が減った。
しかし同時に、熟練者がいなくなる、暗黙知が消える、顧客関係が失われる、若手を教育する人が減る、残った社員の仕事量が増えるといった問題を抱える可能性があります。
さらに重要なのが、残った社員です。
会社は「辞めた100人」には注目します。
しかし会社に残った900人も、それを見ています。
社員:「あの人も対象になったのか」「会社に長く勤めても意味がないのでは?」「次は自分かもしれない」
このように考え始めます。
すると、会社への忠誠心を下げる。
転職サイトを見る、資格を取る、会社独自の仕事より市場価値の高い仕事を選ぶ、必要以上に頑張らなくなる。
こういう行動が合理的になります。
以前、記事解剖室で扱った「静かな退職」とも、ここでつながります。
その変化に人間はどう適応するか
会社が社員を「必要な期間だけ保有する人的資源」として扱うようになれば、社員側も適応します。
社員から見れば、「会社が自分を長期保有しないなら、自分も会社を長期保有する必要はない」となるからです。
すると働き方そのものが変わります。
会社への忠誠心より市場価値。
社内資格より社外資格。
会社独自の知識より転職できる技能。
長期プロジェクトより履歴書に書ける成果。
会社のための残業より自己学習。
こうした行動が増える可能性があります。
ここに非常に面白い循環があります。
会社:「社員が昔ほど会社に忠誠心を持たない」
↓
社員:「会社だって昔ほど社員を守らない」
↓
会社:「社員がすぐ辞めるから教育投資を減らそう」
↓
社員:「育ててもらえないので市場価値を自分で上げよう」
↓
会社:「ますます転職される」
上記の循環です。
誰か一人が悪いという話ではありません。
それぞれが合理的に行動した結果、会社と社員の長期関係そのものが成立しにくくなるわけです。
反論・例外・この仮説が成立しない条件
もちろん、「黒字リストラ=悪」ではありません。
むしろ必要なケースもあります。
例えば、完全に需要を失った事業。
技術革新で仕事自体がなくなった部門。
同じ仕事を複数部署で重複している会社。
人口減少により市場縮小が確実な事業。
こうした分野に人員を固定し続ければ、会社全体の競争力を失います。
結果として10年後には、100人を配置転換すれば済んだ会社が1,000人ごと倒産する、ということさえあり得ます。
その意味では、黒字のうちに構造改革すること自体は、むしろ正しい場合があります。
また、早期・希望退職は文字通り「募集」であり、解雇とは同じではありません。
割増退職金を受け取り、新しい会社へ移った方が本人にとって良いケースもあります。
さらに、削減した人員以上に成長分野へ投資する、残った社員を再教育する、社内異動を積極的に行う、若手採用を継続する、という会社であれば単なるコストカットとはかなり意味が違います。
したがって見るべきなのは、何人減らしたかではありません。
むしろ、減らした後に何へ投資したのかだと思います。
ここが黒字リストラを評価する重要な分岐点です。
これが5~10年続いた場合どうなるか
この流れが2030年代まで続くと、日本企業と社員の関係はかなり変わる可能性があります。
これまでの日本型雇用は、新卒採用→会社が教育→長期雇用→社内昇進
こういう構造でした。
しかし今後は、新卒採用+中途採用+外部専門家+派遣+業務委託+AIという組み合わせへ移っていくでしょう。
つまり会社は、必要な能力をすべて社員として抱える組織から、必要な能力をその都度組み合わせる組織へ近づきます。
そして社員側も、「一つの会社で40年間働く」ではなく、自分の技能を複数の会社へ売っていくという発想へ適応していく。
ここまでは、労働市場の流動化として前向きに見ることもできます。
問題は企業が「人材を使う」ことばかり考え、「人材を育てる」機能まで外部化した場合です。
5年後、即戦力が足りない。
10年後、中堅社員が足りない。
さらにその先は管理職候補が足りない。
こういう事態が起こり得ます。
そして各社が、「経験者を採ればいい」と考えるほど、経験者の価格は上がります。
これは、記事解剖室でこれまで考えてきた人材育成のフリーライダー問題そのものです。
既存の記事解剖室の考察とどうつながるか
今回のテーマは、これまでの記事解剖室で扱ってきた問題をかなり広く接続できます。
まず「AIで新人採用を減らす会社は、将来の経験者をどこから採用するのか?」という問題です。

記事解剖室では以前、企業がAIで新人業務を代替し、経験者だけを採用するようになれば、
「経験者を生産する企業がなくなる」
という問題を考えました。
黒字リストラも基本構造は似ています。
現在必要でない人材を減らす→必要な人材は市場から採る
一社だけなら成立しますが、全社が同じ行動をすると市場から買う人材を市場へ供給する会社がなくなる。
これが人材育成のフリーライダー問題です。
さらに「AIが新人の仕事を奪うと、なぜ経験者不足が起きるのか?」で考えた、
新人不足→数年後の中堅不足→さらにその後の管理職不足
こういう時間差ともつながります。

また「静かな退職」ともつながります。
会社が「あなたを必要とする限り雇います」という関係になれば社員側も、「給料をもらえる範囲だけ働きます」と考えることが合理的になります。

そして最近取り上げた、ファミマとセブンに見る「省力化」と「仕事を捨てる経営」とも共通する部分があります。

効率化によって空いた人員や時間を何に使うのか。
単純に削減するのか、新しい仕事へ振り向けるのか。
ここで企業の将来は大きく分かれます。
つまり今回の黒字リストラは単独の雇用問題というより、AI・省力化・人材育成・静かな退職・長期雇用の崩壊という、これまで記事解剖室で扱ってきた問題が交差する地点と考えられます。
記事解剖室の結論
黒字なのに、なぜ会社は社員を辞めさせるのか。
答えは意外に単純です。
会社は現在の利益ではなく、将来必要になる人員構成を見ているからです。
今黒字だからといって、現在の事業構成、現在の社員数、現在の能力構成が10年後も正しいとは限りません。
その意味では、黒字のうちに人員構成を変えること自体は、経営として合理的です。
しかし今回の記事解剖室で問題にしたいのは、その先です。
一社にとって合理的だからといって、社会全体でも合理的とは限りません。
企業A:「必要ない社員を減らし、必要な経験者を採ろう」
企業B:「うちも」
企業C:「うちも」
この行動が広がれば、誰も余剰人員を抱えない効率的な社会になります。
しかし同時に、誰も将来必要になるかもしれない人を育てない社会にもなり得ます。
そして社員も適応します。
会社:「必要な間だけあなたを雇う」
社員:「では私も、メリットがある間だけ会社にいます」
この関係が普通になれば、会社と社員の長期的関係はさらに弱くなるでしょう。
だから黒字リストラについて本当に見るべきなのは、「人を減らしたかどうか」ではなく、「人を減らして何を作ろうとしているのか」なのだと思います。
100人削減して、浮いた資金で成長事業へ投資し、残った社員を再教育し、若い社員を採用し新しい人材を育てるのであれば、それは企業の新陳代謝かもしれません。
しかし、100人減らす。
利益率が上がる、株価が上がる。
翌年また100人減らす。
そして必要な人材は外から買う。
これを繰り返すだけなら、それは企業を強くしているのではなく、会社が過去に蓄積してきた人的資本を少しずつ換金しているだけという可能性もあります。
短期的には非常に効率的に見えるでしょう。
問題は、その会社を2035年に支えている人材を、2026年の会社が同時に捨ててはいないかということです。
黒字リストラの本当の成否が分かるのは、
リストラを発表した年の決算ではありません。
おそらく5年後、10年後です。


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