Gallupが2026年9月9日に公開した「Using AI More Does Not Reassure Workers, Managers Do」は、一見すると少し意外な調査結果を紹介しています。

AIを頻繁に使っている社員ほど、AIに対する不安が小さくなるわけではありません。
むしろ逆でした。
Gallupによれば、AIを毎日、あるいは週に複数回利用している労働者は、AIを月数回あるいは年数回しか使わない人より、「5年以内に自分の仕事がAIなどの技術によってなくなる」と強く心配する割合が高く、多くの調査時点でその割合は2倍以上になっています。
普通に考えると、
AIを使う→AIに慣れる→AIを怖がらなくなる
こうなりそうですが実際には、
AIを使う→AIがどこまで仕事をできるのか分かる→「これ、自分がいなくてもできるのでは?」と気づく→不安が強くなる
このような逆の現象が起きている可能性があります。
そしてGallupが提示する解決策が「管理職」です。
しかし、本当にそれだけなのでしょうか。
今回はこの記事を、記事解剖室でこれまで考えてきたAIリストラ、AI上司、人事評価、人材育成、会社と社員の長期関係ともつなげながら解剖してみます。
記事は何を主張しているか
記事の主張を一文に圧縮すると、
AIを使わせるだけでは社員のAI不安はなくならない。AI時代だからこそ、社員が尊重され、会社から大切にされていると感じられる管理が重要になる。
というものです。
Gallupの調査は、2023年から2026年第1四半期までの米国の就業者を対象とした複数回のパネル調査を基礎としています。
重要なのは、「AIを頻繁に使えば慣れて安心する」という単純な関係が確認されなかったことです。
むしろAIを頻繁に利用する労働者ほど失職への警戒が強い。
さらに、生成AIによる影響を受けやすい職種ほど、AIによって仕事を失うと考える割合も高くなっています。
つまり社員のAI不安は、単なる「新技術への無理解」だけではありません。
実際にAIを使い「この資料、以前なら3時間かかったのに10分でできる」「この分析、自分よりAIの方が速い」「新人がやっていた作業をAIが全部できる」という現実を見るからこそ、不安になる社員もいる。
Gallupも、
Workers are responding to a real concern
という趣旨を明確にしています。つまり不安そのものを非合理的とは扱っていません。
そして興味深いのが管理職の存在です。
「会社は自分の幸福を気にかけている」「職場で自分は尊重されている」と感じる社員では、AIの頻繁な利用と失職不安との関連がかなり弱くなりました。
特に「会社が自分のウェルビーイングを気遣っている」と強く感じる社員では、その差が11.1ポイント縮小したとされています。
だからGallupはAI導入は技術導入だけではなくマネジメントの問題でもあると結論づけています。
筆者は誰に向けて書いているか
表面的な読者は経営者、人事担当者、管理職です。
しかし、もう少し具体的に考えると「AIを導入したのに社員が思ったほど前向きになってくれない」と困っている企業に向けた記事でしょう。
企業側から見ると「便利なAIを渡したのだから社員も喜ぶだろう」と思ってしまいます。
ところが社員からすれば「便利になった」と「自分の雇用が安全になった」は全く別問題です。
例えば10人で行っていた仕事がAIによって5人でできるようになれば、会社の生産性は上がります。
しかし社員は「仕事が半分になった」ではなく「では残りの5人は必要なのか?」と考えます。
つまり企業はAIを「生産性向上装置」として見ているのに対し、社員はAIを「自分の市場価値を測る装置」としても見ている。
ここに認識差があります。
Gallupの記事は経営側に「AI利用率だけを上げても組織変革は成功しない」と伝えようとしているのでしょう。
なおGallup自身が管理職育成やAI導入支援を事業領域として持つ組織である点は、この記事を読むうえでは意識しておくべきでしょう。
だからといって調査結果そのものを否定する理由にはなりませんが「問題の重要な解決主体として管理職を位置づける」という記事構成には、Gallupという組織の専門領域も反映されていると見ることはできます。
読者に何をさせたいか
Gallupが企業に求めている行動はかなり具体的です。
AIを導入するとき「来月からCopilotを導入します」「全員ChatGPTを使ってください」「AI活用率をKPIにします」で終わらせない。
その代わり、「なぜAIを導入するのか」「AIによって社員の仕事はどう変わるのか」「どの能力が今後重要になるのか」「評価制度はどう変わるのか」について管理職が社員と直接話すことを求めています。
特にAIを毎日使っている社員との1対1の対話を重視しています。
ここは非常に重要だと思います。
なぜならAIを最も使っている人こそ、AIの能力を最も知っている可能性があるからです。
普通なら、
AI初心者→怖い
AI熟練者→安心
となりそうなのですが、
AI初心者→AIが何をできるかよく分からない
AI熟練者→「思っていた以上にできる」と分かってしまった
という逆転が起こります。
だから「もっとAI研修を受ければ不安はなくなる」とは限らない訳です。
むしろ研修を受けるほど「これ、自分の仕事のかなりの部分を代替できるな……」と気づく可能性すらあります。
どんな前提を置いているか
ここから少し記事を疑ってみます。
この記事には、かなり重要な前提があります。
前提1.社員の不安は「管理」によってかなり変えられる
Gallupは同じAI曝露度でも、職場環境によって不安の大きさが違うことを示しています。
これは十分理解できます。
しかしここには失職リスクと失職不安は別物であるという問題があります。
例えばA社とB社があり、両方ともAIによって30%の人員を削減する計画を持っているとします。
A社の上司は何も説明しない。
B社の上司は毎月1on1を行い「あなたを大切にしています」「AIはあなたを補助するためのものです」と話す。
B社社員の不安が低くなったとしても実際の人員削減率が同じなら、雇用リスクそのものは何も変わっていません。
ここは今回の記事で最も重要な区別でしょう。
Gallupが示したのは主として、
良い管理がAIによる失職への「不安」を弱める可能性です。
それは良い管理がAIによる失職そのものを減らすという意味ではありません。
前提2.会社と社員の利害は基本的には調整可能である
記事では、
経営者
管理職
社員
が適切にコミュニケーションすれば、AI導入を前向きに進められるという構図になっています。
しかし場合によっては会社と社員の利害は本当に衝突します。
AIによって100人必要だった部署を70人にできる。
会社としては30人削減したい。
社員としては削減されたくない。
これはコミュニケーション不足ではありません、利益相反です。
記事解剖室では以前「AI時代に会社と長期的な関係を結ぶことは合理的か?」で、AIによって企業側も長期雇用を約束しにくくなる可能性を考えました。

企業からすれば、AIで同じ仕事を少ない人数でできるのに、自社だけ従来の人数を維持すれば競争力を失う可能性があります。
つまり「社員を大切にしたい」という企業でも、人員削減を迫られることがある。
Gallupの記事は管理の重要性を示していますが、優しい上司でも経済構造そのものを消すことはできません。
何が書かれていないか
この記事で最も面白いのは、むしろここだと思います。
書かれていないこと1.会社が本当に人員削減を考えている場合はどうするのか
Gallupでの記事は、「AIの目的を説明する」「社員が重要であることを伝える」「今後必要になる能力を説明する」ことを推奨します。
では会社が、
AI導入→生産性向上→人員削減、を本当に計画している場合はどうでしょう。
管理職が、「AIは皆さんを助けるものです」と言った数カ月後にリストラしたら、次から社員は何も信用しなくなります。
つまりAI時代のマネジメントで必要なのは安心させる能力ではなく、信用できる情報を出す能力ではないでしょうか。
場合によっては、「この仕事はAIに置き換わります」「ただし2年間で別業務へ再配置します」「この資格取得費用は会社が負担します」という話の方が、
「大丈夫です。AIは皆さんの味方です」より不安は大きくても信頼は高くなるかもしれません。
書かれていないこと2.AIをよく使う社員の不安は、本当に「誤解」なのか
この記事自身が認めている通り、AI曝露度の高い仕事ほど失職不安も高くなっています。
ということは、AIを頻繁に使う社員は単に怖がりなのではなくAIの能力を最も正確に観察している集団である可能性があります。
これは非常に皮肉です。
会社:「AIを理解すれば怖くなくなる」
社員:「理解したから怖くなった」
ということです。
AI教育を「不安解消策」と位置づける企業にとっては、かなり重要な示唆でしょう。
書かれていないこと3.管理職自身の不安
今回の記事では管理職が「社員を安心させる側」として描かれています。
しかし記事解剖室ではこれまで、管理職そのものがAIによって削減される可能性について何度も考えてきました。
「AI上司は人間上司より公平なのか?」では、AIが日常管理、資料作成、シフト、数字確認などを引き受ける一方で、人間管理職にはトラブル、例外処理、解雇、ハラスメント対応などの重い仕事が残る可能性を考察しました。

つまり管理職自身も「部下にAIを安心して使わせてください」と言われながら、「そもそも自分の管理職業務もAIで減らせるのでは?」と思っているかもしれません。
これはGallupの記事ではほとんど扱われていません。
書かれていないこと4.社員を安心させた後、生産性向上分を誰が受け取るのか
記事解剖室では以前「AIは仕事を減らしたのか、それとも『確認する仕事』を増やしたのか?」で、AIによって生産性が上がったとき、その利益を誰が受け取り、その変化による負担を誰が引き受けるのかという問いを置きました。

これは今回の記事にもそのまま当てはまります。
AIによって社員が1日に10の仕事をこなせるようになった。
会社が、以前と同じ給与で20の仕事を要求するなら、社員にとってAIは「便利な道具」というより仕事密度を上げる装置になります。
さらにその先に人員削減まであるならAIを積極的に使う社員ほど、「自分が会社にAI活用を教えた結果、自分たちの人数が減るのでは?」と考えても不思議ではありません。
管理職がどれほど丁寧に説明しても、この分配問題を無視すれば不安は再発するでしょう。
記事の有効な部分は何か
それでも、このGallupの記事にはかなり重要な発見があります。
最も有効なのは、AI導入を「ソフトウェア導入」の問題として扱ってはいけないと示しているところでしょう。
AI導入では企業は、
導入率
利用人数
利用回数
削減時間
生産性
これらを測りたくなります。
しかし社員側では同時に、
自分の仕事は残るのか
今の能力に価値はあるのか
評価方法は変わるのか
会社は自分を育てるつもりがあるのか
AIを使って生産性を上げたら人員削減されるのか
という別の計算が始まっています。
Gallupの調査では、AIによる失職不安が強くなった同じ人について、エンゲージメント低下、燃え尽きの増加、仕事満足度低下、転職活動増加との関連も確認されています。
つまり会社が社員の不安を「AI嫌い」「変化を嫌がっている」程度に扱うと危険です。
AI不安→会社への信頼低下→仕事への関与低下→転職活動→人材流出
こうなれば、AIで生産性を上げるための改革が、人材流出を促進してしまいます。
これは以前の記事「AIリストラで社員を減らした会社は、なぜ自分で未来の競合を育てることになるのか?」ともつながります。

記事解剖室では、
社員削減→仕事再配分→残存社員負担増→離職→さらに負担増
という循環を考えました。
今回Gallupが示したデータを加えるなら、
AI導入→自分の仕事が不要になる不安→エンゲージメント低下→転職意向上昇→重要人材流出
こういう別ルートも追加できます。
会社が削減しようと思っていなかった人まで辞める可能性があるわけです。
別の立場から見るとどうなるか
経営者から見る
経営者からするとGallupの記事はかなり実用的です。
AIの性能だけを考えて導入すると失敗する。
社員が「AIを使うほど自分の価値がなくなる」と思ってしまえば、積極的なAI活用そのものが進まなくなるからです。
そのためAI導入戦略+人材戦略+評価制度+再教育をセットで設計する必要があります。
ただし、ここで必要なのは単なる説明会ではありません。
社員は会社の言葉より、
昇進
給与
配置転換
採用
解雇
研修投資
といった実際の行動を見ます。
「人を大切にします」と言いながら大量解雇していれば、コミュニケーションでは修復できないでしょう。
管理職から見る
今回最も重い役割を与えられているのが管理職です。
AI導入方針を自分が決めたわけでもない。
人員計画を決める権限もない。
しかし部下には「AIで私たちの仕事はなくなりますか?」と聞かれます。
これはかなり難しい立場です。
しかも管理職自身もAI化対象になり得ます。
つまり将来、
経営:「AIを導入します」
管理職:「皆さん安心してください」
社員:「課長は大丈夫なんですか?」
管理職:「……私も分かりません」
という状況すら起こり得ます。
その意味でGallupの記事は、「管理職が重要だ」というより、AI時代には管理職へ新しい仕事が追加されると読むこともできます。
それは「技術変化を社員が理解できる言葉へ翻訳する仕事」です。
社員から見る
社員側からすれば、AI不安は必ずしも不合理ではありません。
むしろ、AIを使えば使うほど「どこまで自分が必要なのか」を考えざるを得なくなります。
以前の記事解剖室では「AI時代に会社と長期的な関係を結ぶことは合理的か?」という問いを立てました。
今回の記事を加えると、社員側の合理的戦略も少し変わります。
会社から「AIを使ってください」と言われたとき、単にAIスキルを身につけるだけではなく、AIを使った結果、自分の役割がどう変わるのかまで考える必要があります。
AIが自分の仕事の30%を代替するなら、残り70%の能力を磨くだけでよいのか。
それとも、AIを管理する能力、顧客との関係、判断力、専門知識、例外処理、責任を負う能力、などへ移動した方がよいのか。
「AIを使える人」になるだけでは不十分で、AIを使った後にも価値が残る人になる必要が出てくるでしょう。
人材育成から見る
これは「AI時代、会社は誰が人材を育てるのか?」とも強くつながります。
同記事では、企業は「人を使う場所」であると同時に「人を作る場所」だったと考えました。
AIによって新人仕事が消えるほど、自然に経験を積む従来型の育成モデルが崩れます。
今回Gallupの記事が示しているのは、それだけではありません。
社員が「頑張ってAIを覚えたら、自分が不要になるのでは?」と思っている状態では、そもそも積極的にAIスキルを身につけようとするインセンティブが弱くなります。
会社:「AIを覚えてください」
社員:「覚えた結果、人員削減されるのでは?」
という囚人のジレンマのような状態です。
だからAI時代の人材育成では、研修だけでは足りません。
AI習得→仕事再設計→新しい役割→評価→報酬
まで一本につながっていなければならないのでしょう。
8.記事解剖室の結論
今回の記事でもっとも面白い発見は、「AIを知らないから怖い」のではなく、「AIを知ったから怖くなる」社員が存在することだと思います。
これはAI導入についての考え方をかなり変えます。
これまで企業は、
AIへの抵抗→教育不足→AI研修→理解→利用増加
こういうモデルを想定してきました。
しかし実際には、
AI研修→AI利用→AI能力を理解→自分の仕事の代替可能性を理解→失職不安
こういう逆ルートも存在する。
だからAI時代に必要なのは、単なる「AI教育」ではありません。
ではGallupの言うように、良い管理職がいれば解決するのでしょうか。
ここについては半分賛成、半分保留です。
確かに、
自分が尊重されている
会社が自分を大切にしている
将来の役割について説明される
という環境は重要です。
Gallupのデータも、それがAI不安と強く関連することを示しています。
しかし、良い管理職が減らせるのは「失職不安」であって、必ずしも「失職リスク」ではありません。
ここを混同してはいけないと思います。
会社が本当にAIによって人を減らすのであれば、どれほど優れた上司が説明しても、人員削減そのものは消えません。
むしろ長期的に重要なのは社員を安心させることではなく、社員が会社の説明を信用できる状態を作ることなのではないでしょうか。
「あなたの仕事はなくなりません」と言うことではない。
「この仕事はなくなる可能性があります。しかし、その場合はこの仕事へ移れるように育成します」と言えることです。
ここには大きな違いがあります。
そして、記事解剖室でこれまで考えてきた議論を一本につなげると、
AI導入→社員の生産性向上→人員削減可能性上昇→AIをよく使う社員ほどそれに気づく→雇用不安上昇→エンゲージメント低下→転職意向上昇→優秀な社員から流出する可能性→残った管理職・社員の負担増加→さらにAI導入が必要になる
という循環すら見えてきます。
これを止める役割の一部を担うのが、確かに管理職なのでしょう。
しかし管理職だけでは足りません。
人事制度、再配置、教育、報酬、採用、人員削減方針まで変えなければ、
「AIはあなたの敵ではありません」という言葉だけが空回りします。
以前「AI上司は人間上司より公平なのか?」で、
AIは会社を善良にはしない。会社が持つ思想を、より強く実行できるようにする。
という問題を考えました。
今回も同じなのだと思います。
AIそのものが社員を不安にするわけではありません。
AIによって「会社が自分をこれからどう扱うつもりなのか」が見えなくなることが怖いのです。
だからAI時代に価値が上がる管理職とはAIを最も使える管理職でも、部下を最も安心させられる管理職でもなく、
「この技術によって、あなたの仕事・評価・報酬・キャリアがどう変わるのか」を、会社の実際の行動と矛盾しない形で説明できる管理職なのかもしれません。
そしてここまで考えると、今回のGallupの記事から導ける最も重要な結論は、
AI導入の最大の問題は「社員がAIを信用するか」ではなく、「AIを導入する会社を社員が信用できるか」であるというところにあるのではないでしょうか。


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