さて、記事解剖室で今回解剖する記事はこちら。

タイトルにある通り、稲盛和夫さんの人材育成論みたいなもの。
ヤフーで見かけたので、続きをダイヤモンドオンラインでも読んでみました。

で、これを読んだ最初の感想としては、
「部下に任せるべきか、自分でやるべきか」ではなく、未来の戦力を作るために発生する“現在の非効率”を、会社は誰に負担させるのか?
こんな疑問を抱きましたね。
では、ここから記事解剖室のフォーマットに則って解剖していきたいと思います。
- 1.記事は何を主張しているか
- 2.筆者は誰に向けて書いているか
- 3.読者に何をさせたいか
- 4.どんな前提を置いているか
- 前提1 部下は経験すれば成長する
- 前提2 失敗を許容できる仕事である
- 前提3 管理職には育成する余力がある
- 前提4 育てた社員が会社に残る
- 5.何が書かれていないか
- 書かれていないこと1 では、その育成時間を誰が用意するのか
- 書かれていないこと2 育成に失敗した場合の評価
- 書かれていないこと3 管理職自身のインセンティブ
- 書かれていないこと4 すべての優秀な人が育成上手とは限らない
- 書かれていないこと5 AIが入った場合どう変わるか
- 6.記事の有効な部分は何か
- 7.別の立場から見るとどうなるか
- 経営者側から見る
- 管理職側から見る
- 部下側から見る
- AI時代から見る
- 8.記事解剖室の結論
1.記事は何を主張しているか
表面的な主張は非常に分かりやすいです。
「部下に任せるより自分でやった方が早い」という管理職の感覚は間違っていない。しかし、人を育てるには、あえてその非効率を引き受けなければならない。
という話です。
紹介されているLorinkova、Pearsall、Simsの研究も、この説明を補強しています。
60チームを対象とした研究では、最初はリーダーが細かく指示するチームの方が高い成果を出しました。しかし時間が経過すると、メンバーへ権限を与えるチームの方が、学習、連携、エンパワーメント、共有されたメンタルモデルの形成を通じて、成果を大きく改善しました。
つまり、短期は上司がやると速く出来て、成果も出る。、
これに対し長期では、部下にやらせると速度は遅いし、失敗もする。
失敗すると学習し、能力が上がる。将来の組織能力が増える
という対立です。
ただし、この記事の本当の主張はもう一段あります。
稲盛和夫が批判したのは、
「部下に任せること」
そのものではありません。
むしろ、
「人材育成なのだから部下へ仕事を渡しましょう」と言いながら、経営者自身が教育に伴う面倒・失敗・責任から降りること
コレを批判しています。
だから稲盛式は、
自分が模範を見せる→一緒に実戦へ出る→仕事をやらせる→失敗をフォローする→最後の責任は自分が負う→できるようになったら本当に任せる
こういう構造になっています。
これは単純な、「任せる経営」対「ワンマン経営」ではありません。
むしろ、育成責任を放棄した権限委譲と、育成責任を引き受けた権限委譲の違いを論じた記事だと考えた方が正確です。
2.筆者は誰に向けて書いているか
第一の読者は明らかに、部下を持つ中間管理職でしょう。
特に「自分でやれば10分なのに、部下にやらせたら30分かかる」という経験を何度もしている人です。
そしてこの層には、
- 自分の仕事
- 部下の管理
- 評価
- 会議
- 上層部への報告
- トラブル対応
- 人材育成
が同時に押しつけられています。
だから、「任せればいいじゃないですか」という経営書的な正論に苛立っている。
この記事は最初にそこへ強く共感しています。
第二の読者は、経営者・経営層。
稲盛和夫の発言を中心に据えていることからも分かります。
こちらに対しては、人材育成は管理職へ丸投げして終わりではない、というメッセージがあります。
そして第三の読者として、これから管理職になる社員も想定できます。
この記事を読めば、管理職とは「仕事のできる人」から、「他人ができるようになるまで待てる人」へ役割が変わることが分かります。
ここはかなり重要です。
プレイヤーとして優秀だった人ほど、「何でこんな簡単なことができないんだ」となりやすい。
しかし管理職になると、自分が100点を取る能力より、60点の部下を80点へ育てる能力の方が重要になってきます。
3.読者に何をさせたいか
この記事は表面上、「もっと部下に任せましょう」と言っているように見えます。
しかし実際には違います。
読者にさせたいことは、「育成という仕事のコストを認識すること」でしょう。
部下に任せると、説明する、待つ、確認する、修正する、失敗する、場合によっては客に謝る。
そして最後には上司が責任を取る。
だから人材育成とは、「仕事を手放して自分が楽になること」ではありません。
むしろ初期段階では、自分でやるより仕事が増える。
この記事はそこをかなり正確に描いています。
さらに読者に、「今日の仕事」と「半年後の組織」を分けて考えさせようとしています。
例えば、
自分でやる:10分
部下:30分
だった場合、今日だけ見れば20分の損です。
しかし、その部下が20回経験して10分でできるようになれば、
管理職はその仕事を永久に手放せる。
つまり20分は、教育投資だったと考えられます。
これは記事解剖室で考えてきた、新人採用とは「今の労働力を買う行為」だけでなく、「10年後の経験者を自社で作る投資」であるという考え方とほぼ同じです。
今回の記事は、それをさらに細かくして、
一つの仕事を新人へ任せる行為そのものが、人材への投資
だと説明しているわけです。
4.どんな前提を置いているか
ここはかなり解剖できます。
前提1 部下は経験すれば成長する
記事最大の前提です。
30分かかっていた人が、
経験を重ねれば20分、15分、10分になる。
これは多くの場合正しいでしょう。ただし、私の経験上、これは『必ず』ではありません。
人によって、
- 適性
- 理解力
- 動機
- 性格
- 学習速度
が違います。
100回任せても、できない人も中にはいます。
そこまで含めると、誰に、何を、どこまで任せるかという選別問題が発生します。
前提2 失敗を許容できる仕事である
これも重要です。
例えば、資料作成なら、新人が間違えても上司が修正できます。
しかし、原発操作、航空管制、重大医療行為、大型設備保全、金融取引などでは「失敗から学ばせましょう」では済まない場合があります。
つまり、育成可能な失敗と許容不能な失敗を分ける必要があります。
前提3 管理職には育成する余力がある
ここがこの記事最大の暗黙の前提です。
管理職が仕事量100で働いているなら、部下育成20を追加すれば120になります。
ではその20は誰が引き受けるのでしょう?
この記事では主として、上司が引き受ける。
となっています。
しかしこれは、かなり危険な前提でもあります。
前提4 育てた社員が会社に残る
これも書かれていません。
会社が、5年間教育する、1000万円の教育コストをかける。
それで、ようやく一人前になる。
その瞬間→他社へ転職、という可能性があります。
記事解剖室では、この問題をすでに「人材育成のフリーライダー問題」として考えています。
育成する会社Aが費用を負担し、育成をしない会社BがA社の経験者だけを採用すれば、B社の方が短期的には合理的です。
しかし全社がその戦略を取れば、経験者そのものが生まれなくなります。
今回の記事は実は、その問題の企業内部版とも言えます。
5.何が書かれていないか
ここが今回かなり面白いところです。
書かれていないこと1 では、その育成時間を誰が用意するのか
この記事最大の空白かなと個人的には思っています。
管理職に、売上目標100、納期遵守100、部下育成100を全部要求したとします。
すると当然、短期成果を優先するでしょう。
なぜなら、育成成果は半年後ですが、売上未達は今月怒られるからです。
したがって、「部下を育てなさい」だけでは制度として不十分です。
会社側が、育成時間を正式に仕事として確保する必要があります。
書かれていないこと2 育成に失敗した場合の評価
部下へ仕事を任せる、失敗する、顧客に迷惑がかかる、上司の評価が下がる。
こんな感じだったら、上司は部下に仕事を任せないでしょう。
これは極めて合理的です。
つまり、任せろと言いながら失敗すると管理職を罰する会社では、人材育成は機能しません。
書かれていないこと3 管理職自身のインセンティブ
ここもかなり大きいです。
優秀な部下を育てる。
すると、部下が昇進する、あるいは転職する。
しかし育てた上司に特別な報酬はない。
場合によっては、優秀な部下を他部署へ取られる。
すると管理職から見れば、育成は自分だけ損をする仕事になりかねません。
ここは記事解剖室の「AI時代、会社は誰が人材を育てるのか?」でも問題にしています。

同記事では、人材育成を善意に依存させるべきではない、という方向へ議論を進めています。
今回の記事にもその視点を入れると、かなり深くなります。
書かれていないこと4 すべての優秀な人が育成上手とは限らない
これも稲盛モデルの弱点です。
「自分の背中を見せれば育つ」
人もいます。
しかし、優秀なプレイヤーが優秀な教師とは限りません。
例えば、本人には無意識にできてしまうので「普通こうするでしょ?」となる場合があります。
こういう人は仕事能力は非常に高くても、教育能力が低いことがあります。
したがって、模倣型育成だけでなく、言語化・標準化・フィードバックが必要です。
書かれていないこと5 AIが入った場合どう変わるか
今回の記事では、上司が10分かかる仕事が、新人は30分かかる、という構図です。
しかしAI時代には、AI+上司:3分になる可能性があります。
すると企業から見れば、新人に30分使わせる合理性はさらに下がります。
しかし記事解剖室ではすでに、一見「非効率な簡単仕事」には教育機能が埋め込まれていたと考察しています。
つまりAI時代には、今回の記事の問題がさらに極端になります。
人間にやらせれば30分。
AIなら3分。
それでも新人へやらせるのか? という問いになるからです。
6.記事の有効な部分は何か
この記事にはかなり有効なところがあります。
まず第一に、「自分でやった方が早い」を否定していない。
多くの管理論は、「任せない上司が悪い」と処理してしまいます。
しかし現実には、実際に自分でやった方が速いのに、です。
紹介された研究でも、指示型リーダーのチームは初期段階で権限委譲型を上回っています。
つまり、
管理職の感覚は、怠慢でも錯覚でもない。
短期的には正しい。
そのうえで、「短期的に正しいことが、長期的にも正しいとは限らない」というところまで進めた。
ここが非常に強い。
第二に、育成をコストとして描いたことです。
これはかなり重要です。
教育とは、研修室で講義することだけではありません。
実際には待つ時間、間違いを直す時間、質問へ答える時間、失敗をフォローする時間まで含まれます。
つまり、人材育成とは「余分な時間を未来へ投資する行為」です。
記事解剖室が今まで扱ってきた、
AI投資、人的資本、会社との長期関係にも綺麗につながります。
第三に、責任と権限をセットにしていること。
稲盛式では、部下へ任せる、しかし最後の責任はトップが負う。
これは非常に重要です。
部下へ責任だけ渡す、権限なし、フォローなし、失敗したら本人の責任。
これでは育成ではありません、単なる放置です。
7.別の立場から見るとどうなるか
ここでは四つの立場から見てみます。
経営者側から見る
経営者からすれば、育成は投資です。
しかし、ROIが非常に読みにくい。
100人育成して、30人辞めるかもしれない。
だから経験者採用、AI、外注、へ傾く誘惑があります。
記事解剖室でも、AI+経験者の組み合わせを企業が選ぶ合理性を何度も扱っています。
しかしそれを全社が行えば、新人→中堅→管理職という供給パイプラインが細くなります。
管理職側から見る
今回の記事で一番負担が重いのはこの人です。
会社:「部下を育てろ」
同時に、「成果を出せ」「残業を減らせ」「離職させるな」「評価をちゃんとしろ」「自分の仕事もやれ」と言われる。
すると、
育成の長期合理性と、自分自身の短期評価が衝突する
ことになります。
ここを解決しない限り、「もっと任せろ」だけでは何も変わりません。
部下側から見る
部下には逆問題があります。
任されることは成長機会になります。
しかし、「育成だから」という名目で、能力以上の仕事、責任、残業、を押しつけられる可能性もあります。
だから、任せる=善でもありません。
優れた育成とは、失敗できる範囲を設計して任せることです。
これはかなり重要です。
AI時代から見る
AIが入ると、「任せるか、自分でやるか」という二択ではなくなります。
第三の選択肢、AIにやらせるが出てきます。
すると、
短期効率:AI > 熟練者 > 新人
となる仕事が大量に出てくる可能性があります。
しかし育成効果は、新人が試行錯誤> AIの完成品を見るだけになるかもしれません。
そこで記事解剖室の「AI時代、会社は誰が人材を育てるのか?」で考えた、
仕事を残すのではなく、「修業方法を人工的に作り直す」
という考え方が重要になってきます。
例えば、
AIが作った資料を新人にレビューさせる、意図的にミスを含んだケースを解かせる、上司の判断過程を見せる、小さな責任だけ渡す、シミュレーションで失敗させる。
つまり、仕事そのものが教材だった時代から、教材を会社が意図的に設計する時代へ移ります。
8.記事解剖室の結論
私は、この題材についてはこうまとめます。
「部下に任せるより自分でやった方が早い」という管理職の感覚は正しい。問題は、その正しさを毎日積み重ねると、最後には「自分しかできない組織」が出来上がることである。
今日だけを見るとどうでしょう。
上司がやる、速い。
明日も上司がやる、速い。
一年続ける。
すると、上司だけがさらに熟練し、部下は永遠に初心者のままになります。
これは個人としては合理的でも、組織としては非常に危険です。
逆に、部下へ任せれば、今日の生産性は落ちる。
しかし、未来の生産能力が増える。
つまり今回の記事の本質は、
現在の効率と未来の能力の交換
です。
そして記事解剖室でこれまで考えてきたテーマを重ねると、もう一段先まで進めます。
AI導入。
新人削減。
管理職削減。
短期生産性上昇。
これは一つ一つなら合理的です。
しかし、
新人が減る。
育成する管理職も減る。
簡単な仕事はAIが処理する。
会社も社員も短期関係になる。
となれば、
「では未来の熟練者はどこで生まれるのか?」
という問題に必ずぶつかります。
「AIを用いることで新人を採らない会社は、10年後に誰を管理職にするのか?」でも、現在の新人削減が将来の管理職候補不足を生み、それをAI管理職で補おうとする自己強化ループの可能性を考えました。

さらに「AI時代、会社は誰が人材を育てるのか?」では、
「経験者だけ採ればいい」は一社だけなら合理的でも、全社が行えば経験者そのものが消える
というフリーライダー問題まで進めました。
今回の記事はその問題に対して、かなり重要な答えを一つ提示しています。
それは人材育成とは、非効率をなくす仕事ではなく、将来の効率を作るために現在の非効率を意図的に引き受ける仕事である。
という考え方です。
ただし、私はそこへ一つ付け加えたい。
そのコストを「良い上司なら当然負担するもの」として管理職個人へ押しつけてはいけない。
ここが記事には十分書かれていません。
会社が本当に人を育てたいなら、
育成時間を勤務として認める。
部下の短期的な失敗を一定範囲で許容する。
育成能力を管理職評価へ入れる。
教育に成功した管理職へ報いる。
AI導入で浮いた時間の一部を教育へ振り向ける。
という制度が必要でしょう。
さもなければ、
会社:「人を育てろ」
管理職:「そんな時間はない」
新人:「仕事を任せてもらえない」
10年後:「経験者がいない」
会社:「人手不足だ」
という非常に皮肉な状態になります。
そしてこれは、現在の「記事解剖室」で続けているテーマ群を一本の線でつなげられます。
AIで仕事を効率化する。
↓
新人業務が消える。
↓
新人採用が減る。
↓
管理職も忙しくなり育成時間が減る。
↓
会社も社員も長期投資を避ける。
↓
経験者が不足する。
↓
さらにAIへ依存する。
という循環です。
だから今回の記事を「記事解剖室」らしく一文にするなら、私はこう置きます。
「自分でやった方が早い」の最大の問題は、それが間違っていることではない。正しすぎるために、会社全体がそれを選び続けると、未来に仕事を任せられる人間がいなくなることである。
人材育成の問題は、現場の教え方だけではなく、会社が効率と育成をどう両立させるかという構造的な問題でもあります。
AI時代の雇用・管理職・育成の変化については、「AI時代の働き方はどう変わる?」でまとめています



コメント