AIで新人採用を減らす会社は、将来の経験者をどこから採用するのか?

記事解剖

AIによって、新人が担当していた仕事を自動化する。

これは企業から見れば、非常に合理的です。

例えば、

  • 簡単な資料作成
  • 情報収集
  • 議事録
  • データ整理
  • 初歩的なプログラミング
  • 定型的な問い合わせ対応
  • 基本的な分析

こうした仕事をAIが処理できるなら、わざわざ新人を大量に採用する必要はない。

経験者を少人数採用し、その人たちにAIを使わせればいい。

短期的には、その方が生産性も高いでしょう。

しかし、ここには一つ問題があります。

その「経験者」は、どこで経験者になるのでしょうか?

今回はこの問題を考えてみます。


AIで本当に新人採用は減っているのか?

これは、もはや完全な仮定の話でもありません。

Gartnerが2026年7月に発表した調査では、CHROの22%が「組織内の少なくとも一人の事業責任者が、AI自動化を理由としてエントリーレベル採用を停止した」と回答しています。

Gartner自身も、

初級職を完全に削減してしまえば、将来必要になる人材を社内で育てられなくなり、外部から経験者を高い価格で採用する必要が出てくる

という趣旨の警告を出しています。

米国勢調査局の2026年の研究でも、ChatGPT登場後、AIへの曝露が特に大きい産業・州では22~24歳の若年層採用が大きく減少したことが報告されています。

つまり、AIが新人の仕事を代替する→新人採用を減らすという流れは、少なくとも一部ではすでに始まっています。

問題はここからです。


新人採用には、「労働力を買う」以外の意味があった

新人を採用する目的を安い労働力を確保することだけだと考えると、AIによる置き換えは非常に合理的です。

新人一人を採用すれば、給与を払う、教育する、仕事を教える、失敗をフォローする、上司や先輩の時間も取られる。

しかも数年後に転職されるかもしれない、というオマケ付き(-_-;)

それに対してAIなら、24時間働く、給与は不要、教育コストも小さい、退職もしない、単純作業なら、新人より速い場合もある。

これなら、AIでいい、いやむしろAIの方がいい、となりかねません。

しかし新人採用には、もう一つ隠れた機能があります。

新人を経験者に変換することです。

新人→簡単な仕事→失敗→修正→少し難しい仕事→顧客対応→プロジェクト参加→後輩指導→中堅社員→管理職・専門職

こういう経路を通って、人は経験者になります。

つまり企業は新人を雇うことで、現在の労働力を得ると同時に、

5年後、10年後の経験者を製造していた

とも言えます。


ところがAIは「経験者になるための仕事」から消していく

ここがAI時代の特殊なところです。

AIが最初に代替しやすいのは、必ずしも最高難度の仕事ではありません。

むしろ、調査する、文章をまとめる、資料を作る、簡単なコードを書く、問い合わせへ回答する、データを整理する。

こういった仕事です。

そしてこれは、偶然にも新人が経験を積むために担当してきた仕事とかなり重なります。

記事解剖室では以前「AI時代、会社は誰が人材を育てるのか?」という記事で、

会社には、新人を経験者へ変換する機能がある

と考えました。

ところがAIによって、その変換装置の入口そのものが消え始めます。

現在の経験者は、経験+知識+AIを持っています。

新人は、AI+学校で学んだ知識しか持っていません。

当然、前者の方が強い。

すると会社は、「新人を採るより経験者を採った方がいい」と考えだすでしょう。

こうなると、当然ですがさらに新人採用が減る。

合理的ではあります……これが、一社や二社だけの話であれば。


全企業が「経験者だけ欲しい」と言ったらどうなるのか?

ここからが本題です。

例えば100社の企業があるとします。

以前なら、100社がそれぞれ新人を採る→数年間育てる→大量の経験者が生まれる→その一部が転職市場へ出る→企業は経験者採用もできる。

こういう循環がありました。

ところがAIによって、

A社「新人教育はコストがかかる。経験者を採ろう」

B社「うちも経験者だけ採ろう」

C社「うちも」

……100社全部が同じ判断をするとどうなるでしょうか。

数年後。

会社:経験者が採れない。

当然ですよね、誰も新人を採用し、教育して経験者にしていないんですから。

これは極端な例ですが、構造としてはかなり重要です。

経験者市場というものは、自然界に存在するものではありません。

どこかの企業が新人を採り、教育し、失敗させ、仕事を任せ、数年間給与を払い続けた結果として存在する訳です。

つまり、「経験者だけ採用する会社」は、「新人を育成している会社」の存在に依存しているということになります。


これは人材育成のフリーライダー問題ではないか

経済的に見ると、かなり面白い構造です。

会社A:新人を100人採用。教育費を負担。5年間育成。そのうち30人が転職。

会社B:新人採用ほぼゼロ。会社Aが育成した経験者を30人採用。

これだけを見れば、会社Bの方が合理的です。

育成費を払わず、完成した人材だけ買えますからね。

しかし会社Aもそれに気づくとどうなるでしょう?

会社A:うちも新人を減らして経験者採用にしよう。

すると、経験者を生産する企業が減ります。

つまり、人材市場全体で見ると「誰かが育成してくれるだろう」というフリーライダー問題が起きます。

これは以前の記事解剖室でも触れました。

「AI時代、会社は誰が人材を育てるのか?」では、経験者だけ採る企業が増えれば、人材市場自体が枯れる可能性を考えています。

AI時代、会社は誰が人材を育てるのか?
AI時代、会社は誰が人材を育てるのか考察しています。

記事ではこれを、重要部品をすべて外部調達する企業との類似として捉えました。


経験者の価格が上がる

そうなると当然、次に起きるのは価格上昇です。

例えば、

以前:新人年収400万円、中堅600万円、ベテラン800万円

このような価格だったとします。

新人採用が急減した5年後にどうなるか。

中堅社員が不足しますから……

企業A:「年収700万円出します」

企業B:「750万円」

企業C:「800万円」

需要はそのままなのに供給が細くなると、こうなりますよね。

すると企業は、新人採用を減らして人件費を節約したのに、経験者採用費が上昇するという奇妙な状態になります。

Gartnerもまさにこの点を指摘しており、エントリー人材のパイプラインを削る企業は、将来、社内で育てる代わりに外部の経験者へプレミアムを払うことになり得るとしています。

KPMGも2026年の分析で、AI関連スキルを求めるエントリー職の市場は比較的緩い一方、AI技能を備えた管理職市場ははるかに逼迫していると指摘しています。

つまり人材不足は消えるのではなく、

新人不足→数年後の中堅不足へ時間差で移動する可能性があります。

その辺りの構造は、前日執筆したAIが新人の仕事を奪うと、なぜ経験者不足が起きるのか? 企業を待つ新人育成の矛盾』で考察しています。

AIが新人の仕事を奪うと、なぜ経験者不足が起きるのか? 企業を待つ新人育成の矛盾
AIで新人の仕事を減らし、経験者だけを採用する。それは本当に持続可能なのか。サイバーセキュリティ業界で始まった『経験者重視』の採用から、AIが新人の成長機会を奪い、将来の経験者不足を招く可能性を考察する。

さらに厄介なのは「経験者なら誰でもいい」わけではないこと

会社が欲しいのは、単なる勤続5年の人ではありません。

例えば、自社の商品を理解している、顧客を知っている、トラブル対応を経験している、社内システムを理解している、他部署との調整方法を知っている、後輩を育成できる、会社独自の暗黙知を持っている。

こういった人です。

つまり経験には市場で買える経験と、会社内部でしか作れない経験があります。

ここは非常に重要です。

外部から優秀な経験者を採用しても、会社特有の顧客、社内文化、過去の失敗、意思決定の癖、人間関係、設備、業務フローまでは知りません。

だから、AIで新人を減らして、必要になったら経験者を買えばいいという戦略には限界があります。

「AI時代に会社と長期的な関係を結ぶことは合理的か?」でも、顧客関係、暗黙知、管理、育成などは長く勤務した社員ほど持ちやすく、社員全員をいつでも交換可能な人材として扱うことには危険があると考えました。

AI時代に会社と長期的な関係を結ぶことは合理的か?
AI時代に会社と長期的な関係を結ぶことは合理的かどうか考察しています。

「経験3年以上必須」という求人は誰が成立させているのか?

ここで少し意地悪な問いを立てみます。

求人票にはよく、実務経験3年以上と書かれているケースがあります。

では、その3年間はどこで積めばいいのか。

A社:3年以上必要。

B社:3年以上必要。

C社:3年以上必要。

全社:未経験不可。

これでは経験者は生まれません(-_-;)

これまでは、どこかに「未経験でも採る会社」「新卒を大量採用する会社」「若手を育てる会社」が存在したため、この矛盾が表面化しませんでした。

しかしAIが新人業務を代替し企業が同時に「即戦力採用」へ傾けば、この矛盾が急速に大きくなる可能性があります。


すると「人を育てる会社」が人材供給インフラになる

ここまで考えると、面白い逆転が起きます。

現在は、大量に新人を採用する会社=人件費が高い会社、と見えるかもしれません。

しかし10年後には、大量に新人を経験者へ変換できる会社=人材を内製できる会社になる可能性があります。

これは製造業で考えると分かりやすい。

企業A:重要部品を全部外部調達。

企業B:重要部品を自社生産。

平常時はA社の方が安い。

しかし供給不足になると、

A社:部品が買えない。価格高騰。

B社:自社生産できる。

人材も同じことが言えます。

企業A:経験者は市場から買えばいい。

企業B:新人を採り、AIを使いながら高速育成する。

もし中堅人材不足が起きたとき、B社には巨大な競争優位が生まれます。


AI時代には「育成能力」が企業の競争力になるかもしれない

従来は企業の競争力というと、技術力、ブランド、資本、設備、販売網、特許、データなどが重視されました。

しかしAIによって仕事の習得構造が変われば、

未経験者を短期間で高度人材へ変換できる能力

そのものが企業能力になる可能性があります。

例えば、新人にAIを使わせる、AIの回答を鵜呑みにさせずレビューさせる、シミュレーションで失敗させる、小さなプロジェクトを大量に経験させる、熟練社員の判断過程をAIで教材化する、過去のトラブル事例をケーススタディ化する、AIを個人教師として使う。

こうすれば、従来5年かかった経験形成を3年へ短縮できるかもしれません。

以前の記事「自分でやった方が早いを続ける会社は、なぜ永遠に人が育たないのか?」では、

仕事そのものが教材だった時代から、教材を会社が意図的に設計する時代へ移る

と考えました。

「自分でやった方が早い」を続ける会社は、なぜ永遠に人が育たないのか?
「自分でやった方が早い」を続ける会社は、なぜ永遠に人が育たないのか考察しています。

ここは非常に重要だと思います。

AIによって新人の仕事を残す必要はありません。

しかし、新人が経験を得る仕組みは残さなければならない。


むしろAIで新人を「早く経験者にする」という発想

ここで発想を逆転できます。

悪いパターン:AI導入→新人仕事消滅→新人採用削減→人材育成停止→中堅不足

こうではなく、

AI導入→単純仕事をAI化→新人には少し難しい仕事を早い段階から任せる→AIが補助する→上司がレビューする→従来より早く経験者へ育つ

こういうルートです……まぁ、実際に可能かどうかは職種にもよるでしょうし、出来ないかもしれませんが、トライしてみる価値はあるのではないかと。

つまりAIを、新人を不要にする技術として使うのか、新人を高速育成する技術として使うのか。

同じ技術でも、会社の使い方で全く違う結果になります。


ただし、この方法にも大きな弱点がある

ただ、問題もあります。

例えば、AIでプログラムを書ける……しかしなぜ動いているのか分からない。

AIで財務分析できる……しかし会計の基礎を理解していない。

AIで資料を作れる……しかし何が重要情報なのか判断できない。

こうなる可能性があります。

つまり、作業能力を高速化するAIが、基礎能力の習得を飛ばしてしまう危険があります。

以前の記事「AIは仕事を減らしたのか、それとも『確認する仕事』を増やしたのか?」でも、

ベテランは知識+経験+AIを持つが、新人はAIしか持っていない

という差を考えました。

AIは仕事を減らしたのか、それとも『確認する仕事』を増やしたのか?生産性向上の数字を疑う
AIは仕事を減らしたのか、あるいは確認する仕事を増やしたのか考察しています。

AI教育では、「AIを使えるようにする」だけでなく、

AIなしでも、なぜその答えになるのかを説明できる

ところまで育成する必要があるのかもしれません。


新人不足は数年後、「管理職不足」に変わる

そして、この問題はさらに先へつながります。

新人が減る→5年後、中堅が減る→10年後、管理職候補が減る。

これは以前の記事、

「AIを用いることで新人を採らない会社は、10年後に誰を管理職にするのか?」で考えた問題そのものです。

AIを用いることで新人を採らない会社は、10年後に誰を管理職にするのか?
AIを用いることで新人を採らない会社は、10年後に誰を管理職にするのか考察しています。

しかも最近の記事解剖室では、MetaがAIによる組織の効率化を進めながら、管理構造を再び厚くする動きも取り上げました。

AIで管理業務を減らせても、調整、育成、責任、判断、人間関係、例外処理まで完全には消えません。

「AIで社員を減らせば、本当に会社は強くなるのか?」でも、生産性の数字だけでは確認、教育、調整、離職、採用、知識流出などの総コストを捉えられないと考えました。

AIで社員を減らせば、本当に会社は強くなるのか?――MetaのAI組織改革が失敗した理由
AIで社員を減らせば、本当に会社は強くなるのか、Meta社の例を用いて考察してみました。

だから、新人削減による利益は今期の決算に出る。

一方で、人材パイプライン崩壊の損失は5~10年後に出る。

この時間差が非常に危険です。

経営者が同じならまだしも、経営陣まで交代している可能性があります。

すると、

現在の経営者:人件費削減成功。

数年後の経営者:経験者がいない。

数年後の経営者には、如何ともし難いことが起こり得ます。


国家が新人育成を肩代わりする未来もあり得る

さらに企業全体が新人採用を減らした場合、誰かが穴を埋めなければなりません。

大学、専門学校、職業訓練、政府、インターン制度、見習い制度などです。

実際、記事解剖室で先日取り上げた英国のAIブートキャンプ政策でもAI教育だけではなく、実際に企業で経験を積ませる見習い職が重要なのではないかと考えました。

単にAIの使い方を100時間学んだ人と、AIを使いながら企業で一年間仕事をした人。

企業が欲しいのはおそらく後者です。

しかしここでまた問題があります。

企業が新人教育は高いのでやりません、となってしまうと、若者は経験を積めません。

そこで、政府税金で職業訓練をし、企業は経験を積んだ人だけ採る、という構造になると、一つの問題が発生します。

それは、

企業が負担していた人材育成費を社会全体が負担する

……このコストは中々でかいのでは、と個人的には思っています。

これが良いか悪いかは別として、人材育成コストを誰が負担するかという議論は避けられなくなるでしょう。


そして最終的には「育てる会社」と「買う会社」に分かれるのかもしれない

AI時代の企業は、大きく二種類に分かれる可能性があります。

人材を買う会社

新人採用を最小化、AI+経験者中心、固定費を小さくする、必要な技能は中途採用。

短期的には非常に効率的。

一方、経験者市場の価格上昇に弱い、会社固有の人材が育ちにくい、管理職候補不足、採用競争激化。

上記のリスクがあります。

人材を作る会社

新人を採用、AIで単純業務を自動化しつつ、育成自体は続ける、意図的に経験を積ませる、社内で中堅・管理職候補を作る。

短期的にはコスト高。

しかし長期的には、経験者を市場から買わなくても済むという強みがあります。

そしてもしかすると将来、

人材育成そのものが利益になる会社

まで現れるかもしれません。

優れた育成制度を持つ企業に若者が集まり、数年間働いて能力を高め、一部は他社へ転職する。

一見、人材を奪われていますが「そこで働けば市場価値が上がる」という評判がさらに優秀な若者を呼ぶ、なんてこともあるかもしれません。

これは大学やプロスポーツの育成組織に少し似ています。


社員側から見ると、会社選びの基準も変わる

ここまで企業側から考えてきました。

しかし社員側から見ると、この変化はさらに重要です。

AI時代には、給与、休日、福利厚生、だけでなく、

この会社で3年間働いたら、自分は何ができるようになるのか?

これを見る必要が出てきます。

AIですべての初級業務を処理し、新人にはAIへの指示だけをさせる会社に対して、AIを使いつつ顧客対応、判断、設計、交渉、トラブル処理、後輩の指導まで経験させる会社。

3年後の市場価値はかなり違う可能性があります。

以前の「AI時代に会社と長期的な関係を結ぶことは合理的か?」で、

良い会社とは、この会社にいるほど自分の価値が上がる会社ではないか

と考えました。

今回の問題は、その重要性をさらに高めます。

AIによって会社間の「育成力格差」が広がるからです。


記事解剖室の結論

AIで新人の仕事をなくすこと自体は、おそらく間違いではありません。

人間がやる必要のない単純作業をAIへ移すことは、生産性向上として自然です。

問題は、

新人の仕事と一緒に、新人が経験者になる経路まで消してしまうこと

経験者は突然生まれません。

現在40歳の熟練者も、最初は未経験者。

簡単な仕事をし、失敗し、先輩に怒られ修正し、少し難しい仕事を任され、数年間かけて現在の能力を身につけています。

それなのに企業が、

AIで新人仕事を削減する→新人採用を減らす→必要な人材は経験者採用。

このような形で進めば一社単位では合理的でも、社会全体では、

「ではその経験者を誰が作るのか?」

という問題にぶつかります。

これはAI時代の人材市場における、かなり大きな矛盾だと思います。

そして、おそらく本当の競争は、誰が最も多く新人を削減できるかではありません。

むしろ誰がAIを使って、最も安く、速く、優秀な経験者を作れるか。

こちらになるのではないでしょうか。

AIによって単純作業をなくす会社は増えるでしょう。

しかし、人材育成までなくしてよいわけではない。

これから企業に必要なのは、「新人にやらせる仕事を残すこと」ではなく、

新人が経験者になる仕組みそのものを、AI時代向けに作り直すこと

なのだと思います。

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