優秀な社員を管理職にすると会社が弱くなる?「ピーターの法則」と昇進制度の罠

記事解剖

会社で高い成果を出し続けた社員がいる。

営業なら売上トップ。

工場ならトラブルへの対応力が高く、仕事も速い。

エンジニアなら難しい案件を次々と解決する。

そんな社員を見た会社が「そろそろ課長にしよう」と考えるのは、ごく自然なことに思えます。

成果を出した人を昇進させる、給与を上げる、より大きな責任を与える。

長い間、会社の人事制度では当たり前の仕組みとして使われてきました。

しかし、この制度には奇妙な問題があります。

優秀な社員を昇進させた結果、会社から優秀な社員が一人消えるんですよね。

理由は、その人はもう現場の仕事をしなくなるからです。

ところが、さらに問題なのは、

その人が優秀な管理職になる保証はまったくないということです。

いや、これは実際に私の知る範囲で起こった出来事でして……私の勤める工場とは別の会社でして、印刷系の会社の営業をしている優秀な後輩がいるんですが、『優秀な後輩』と書くくらいなので、トントン拍子に出世していったんですね、彼。

今から7、8年前くらいに、30代中盤で課長にまで出世したんですが……課長という働き方が合わなかったんでしょうね。

事後に聞いた話では、彼は退職寸前まで追い詰められたそうですが、現在は課長代理という形で、営業の現場の仕事を回すという立場で落ち着いたそうです。

今回の話に戻すと、彼が勤めていた会社は、

優秀なプレイヤーを一人失ったうえに、優秀な管理職まで手に入らない

ということが起こる寸前だったことになります。

これは昔から「ピーターの法則」と呼ばれてきた問題ですが、単なるジョークではありません。

営業職を対象にした大規模研究では、個人として高い販売成績を出した社員ほど管理職へ昇進しやすい一方、昇進前の販売成績の高さが、管理職になった後の部下の成果をむしろ低く予測する傾向まで確認されています。

では、なぜ会社はそんなことをするのでしょうか。

今回の記事解剖室では、

「優秀な社員を昇進させる」という一見合理的な制度を、個人合理性、会社合理性、制度への適応、そして長期的な組織変化から考えます。

あ、あとこれまでも記事の解剖ではテンプレートがあったんですけど、考察記事でも共通項がないか探してみて、試験的にテンプレートを導入してみることにしましたm(_ _)m


一般にはどう理解されているか

一般的には、昇進は「優秀な社員への報酬」と考えられています。

仕事を頑張る、成果を出す、評価される、主任になる、係長になる、課長になる、部長になる。

非常に分かりやすいキャリアで、会社側から見ても合理的です。

誰を昇進させればよいか分からないとき「現在もっとも成果を出している人」を選ぶのは説明しやすいでしょう。

逆に営業成績10位の社員を昇進させ、1位の社員を据え置けば「どうして自分ではないのか」という不満が生まれるでしょう。

したがって成果→昇進という制度には社員を努力させるインセンティブとして大きな意味があります。

実際、ピーターの法則を研究したBenson、Li、Shueも、企業がこうした昇進を続ける理由について、単純な人事ミスだけではなく、昇進の可能性によって社員を努力させる利益が、配置ミスの損失を補っている可能性を指摘しています。

つまり会社も、何も考えず優秀な社員を管理職にしているとは限りません。

問題は「プレイヤーとして優秀だった」という事実と「人を使って成果を出せる」という能力が別物であることです。


当事者A――会社から見るとなぜ合理的なのか

会社側になって考えてみます。

社員Aは年間1億円売る、社員Bは7000万円、社員Cは5000万円。

課長のポストが一つ空きました、誰を昇進させるでしょう?

Aを選びたくなるのは当然で、Aには実績があり、会社への貢献も大きい。

社員からも「成果を出せば昇進できる」という制度が見えるので、会社としても説明しやすい。

しかもA本人を昇進させなければ「これだけ頑張っても出世できないのか」と考え、転職してしまうかもしれません。

したがって会社からすると、優秀な社員を昇進させることには、報酬、離職防止、努力促進、社内へのメッセージという四つの意味があります。

非常に合理的なのです。

だから、この制度が何十年も残っています。


当事者B――社員から見ると何が違うのか

ところが、昇進する社員側から見ると話が変わります。

例えば優秀なエンジニアがいるとします。

彼が得意なのは、以下の事柄。

  • プログラムを書く
  • 技術的問題を解決する
  • 新しい技術を学ぶ

ところが課長になると、

  • 部下の評価
  • 面談
  • 採用
  • 会議
  • 予算
  • 部署間調整
  • トラブル処理
  • 経営層への報告

これらが仕事になります。

極端に言えば、

「プログラムが上手だったので、プログラムを書かせない仕事へ昇進させる」

わけです、全然違う仕事をさせる訳ですよ、私の後輩のように。

野球に例えれば、

優秀な打者だから監督にする。

という話に近いでしょう。

名選手が名監督になることはありますが、全ての名選手が名監督になる訳ではありません。

しかし、打つ能力と、人を使って勝つ能力は違います。

同じことが会社でも起こります。

しかも本人にとってさらに厄介なのは、自分が好きだった仕事を失う可能性があることです。

優秀だから昇進したのに昇進した瞬間、自分を優秀にしていた仕事そのものから引き離されるという逆説が起きます。


全員が同じ行動をしたらどうなるか

ここで会社全体を考えます。

仮に「各部署で最も優秀な社員を管理職にする」という制度を徹底したとしましょう。

すると現場では、1位の営業社員が営業をやめる、最も優秀な技術者が技術から離れる、最も優秀な技能者が現場から離れる、最も優秀な研究者が研究から離れる。

こういうことが起こります。

つまり会社は定期的に、現場で最も生産性の高い人間を現場から取り除く制度を運用することになります。

しかも、その人物が管理職として優秀とは限りません。

実際、Bensonらの研究では、営業成績が高いほど管理職へ昇進しやすかった一方、昇進前の販売実績が高い新任管理職ほど、その後の部下の販売成績が低くなる関係が確認されました。

すると現場の生産性低下+管理の生産性低下という二重損失が発生します。

ここがこの記事の最大のポイントです。


一次効果の次に何が起きるか

問題はここで終わりません。

一次効果は優秀なプレイヤーが一人減ります。

しかし二次効果があります。

新しい管理職が、自分より現場能力の低い社員を管理しなければならなくなる。

すると、ありがちなことが起こります……「自分ならもっと速くできる」「なぜそんなこともできないんだ」「自分でやった方が早い」

結果、管理職なのに部下の仕事を自分でやり始めます。

すると、管理職自身は忙しくなり、部下は育たない。

仕事はその管理職に集中し、さらに忙しくなる。

このような悪循環が始まります。

これは非常に皮肉です。

優秀なプレイヤーほど、管理職になった後もプレイヤーとして働いてしまう可能性がある。

しかし管理職に必要なのは、自分が100の仕事をする能力ではありません。

10人の部下を、60→70、70→80へ引き上げる能力です。

自分の成果ではなく、他人の成果を増幅する能力へ仕事の意味が変わるのです。


その変化に人間はどう適応するか

そして、ここからが記事解剖室で何度も扱ってきた問題です。

人間は制度に適応します。

社員は先輩を見ています。

優秀だったAさんが課長になった→会議ばかりしている→部下のミスで怒られる→残業が増えた→本人は以前より楽しそうではない→給与は少ししか増えていない→これを見た後輩は何を学ぶでしょう。

おそらく「あそこまで優秀になると管理職にされる」と学習します。

すると、新しい行動が生まれます。

能力を100%見せない、リーダー役を避ける、改善提案を出しすぎない、後輩指導を引き受けすぎない、昇進試験を受けない。

つまり、昇進制度が優秀な社員を作るどころか、優秀さを隠すインセンティブになる。

ここで以前の記事「仕事ができる人はなぜ本気を出さない?優秀な社員が能力を隠す5つの理由」につながります。

仕事ができる人はなぜ本気を出さない?優秀な社員が能力を隠す5つの理由
なぜ優秀な社員ほど本気を出さなくなるのか?仕事を早く終えるほど仕事が増え、評価も給料も変わらない会社では『能力を隠す』ことが合理的になります。仕事量・評価・人間関係・キャリア・知識防衛の5つに分類して考察します。

記事解剖室では、

能力を発揮した人に報酬ではなく負担を返す会社では、能力を隠すことが合理的になる

と考察しました。

管理職昇進も同じです。

本人にとって管理職が魅力的でなければ、能力を見せること自体がキャリアリスクになります。


反論・例外・この仮説が成立しない条件

もちろん「優秀な社員を管理職にしてはいけない」という話ではありません。

優秀なプレイヤーが優秀な管理職になる例はいくらでもあります。

特に、

  • 他人へ教えるのが上手い
  • 人の能力を見るのが上手い
  • 自分と違うやり方を許容できる
  • 権限移譲できる
  • 対立を調整できる
  • 長期視点を持てる
  • 自分の成果よりチームの成果を喜べる

こういう人なら、プレイヤー能力と管理能力を両方持っている可能性があります。

また、小規模組織では管理職自身がプレイヤーを兼ねる必要もあります。

逆に、この仮説が特に成立しやすいのは「現職の成績だけで昇進を決める会社」です。

営業成績1位だから営業課長、技術力1位だから技術課長、勤続年数が長いから係長。

これでは、次の仕事に必要な能力ではなく、前の仕事で使った能力を評価して次の仕事を与えていることになります。

重要なのは、優秀な社員を昇進させるかどうかではありません。

管理職候補を、管理職として必要な能力で評価しているかです。


5~10年続いた場合どうなるか

では、この制度を10年間続けるとどうなるでしょう。

私は次のような流れが起こり得ると思います。

優秀な社員を管理職にする→優秀なプレイヤーが現場から減る→管理能力が低い人も管理職になる→部下の育成が弱くなる→次世代の優秀な社員が育ちにくくなる→管理職本人がプレイヤー業務も抱える→管理職が疲弊→若手がそれを見る→管理職を避ける→候補者が減る→会社はさらに「断らない優秀社員」を昇進させる。

いやぁ……嫌な循環ですなぁ(-_-;)

つまり10年後には優秀な管理職が不足するだけではありません。

優秀な一般社員まで不足する可能性があります。

管理職が育てることができなければ、次世代のプレイヤーも育たないからです。

ここで初めてタイトルにある

「優秀な社員と優秀な管理職を同時に失う」

という意味が完成します。

私の後輩の話は、無い訳ではないでしょうが、そう頻繁にある話では……ないですよね?(-_-;)

一人の社員を昇進させた瞬間に二人消えるわけではありません。

長期間、プレイヤー能力と管理能力を同じ物差しで評価し続けることによって、両方の供給源を壊してしまうという意味です。


既存の記事解剖室の考察とどうつながるか

今回の問題は、これまでの記事解剖室で考えてきたテーマのかなり中心にあります。

まず「誰も管理職になりたがらない会社は、最終的にどうなるのか?」では管理職という仕事の責任と報酬が釣り合わなくなれば、個人として管理職を避けることが合理的になると考えました。

誰も管理職になりたがらない会社は、最終的にどうなるのか?
責任は増えるのに待遇は見合わない。そんな状態が続けば、管理職候補は減っていきます。管理職になりたくない人が増える理由と、その結果会社に何が起きるのかを考察します。

今回の記事は、その一つ前です。

そもそも会社は、管理職に向いている人ではなく、現在の仕事ができる人を管理職候補として選んでいないかという問題です。

さらに「仕事ができる人はなぜ本気を出さない?」ともつながります。

能力を見せる→仕事が増える→責任が増える→最終的には望まない管理職になる。

こういう会社なら、能力を隠すことには合理性が生まれます。

能力を隠す合理性についても、考察した記事がありますね。

なぜ有能な社員ほど能力を隠す組織が生まれるのか?仕事が早い人が損をする組織の構造
仕事が早いほど仕事が増え、報酬は変わらない。そんな職場では、有能な社員ほど本当の能力を隠す方が合理的になります。能力隠しが起きる組織の構造と、その副作用を考えます。

そして、「人事評価はなぜ社員の行動を歪めるのか?」とも直結します。

記事解剖室ではこれまで、

人事評価は人を測る制度であると同時に、人の行動を作る制度

と考えてきました。

人事評価はなぜ社員の行動を歪めるのか?働いているフリ・成果主義・AI評価から考える
人事評価はなぜ社員の行動を歪めるのか、働いているフリ・成果主義・AI評価から考察しています。

昇進制度も同じです。

会社が「売上1位を課長にする」と示せば、社員は売上を競います。

しかし会社が本当に必要なのが「10人の売上を伸ばせる課長」なら、測っている能力と必要な能力がずれています。

そして最後には、「管理職になりたくない人が増えた理由」にもつながります。

管理職になりたくない人が増えた理由 責任と報酬は釣り合っているのか
管理職になりたくない人が増えたのは、若者の出世欲が落ちたからではない。責任だけが増え、報酬や権限が追いつかないなら、昇進を避けるのは合理的な判断です。管理職を「会社が社員に売る商品」と捉え、なぜその魅力が失われたのかを考察します。

管理職というポストそのものに魅力がなくなれば、優秀な社員ほど昇進を避ける可能性があります。

ここまでつなげると、これまでの記事解剖室で扱ってきた能力隠し、人事評価、管理職離れ、働いているフリは別々の問題ではありません。

すべて会社が与える評価基準に、人間が適応した結果として一つにまとめることができます。


記事解剖室の結論

では「優秀な社員を管理職にすると、なぜ会社は優秀な社員と優秀な管理職を同時に失うのか?」について、私なりの結論はこうです。

問題は優秀な社員を昇進させることではありません。

問題なのは昇進を「現在の仕事へのご褒美」と「次の仕事への人材配置」の二役にしてしまったことなのではないでしょうか。

ここには根本的な矛盾があります。

報酬として考えれば、最も成果を出した社員を昇進させるのが公平です。

しかし人材配置として考えれば、最も管理能力の高い社員を昇進させるべきです。

この二人が同じ人物なら問題ありません。

しかし違った場合、会社は選択を迫られます。

そして従来型企業の多くは、「優秀な社員への報酬」として管理職を使ってきた。

その結果、優秀な営業員から営業を取り上げる、優秀な技術者から技術を取り上げる、優秀な技能者から現場を取り上げる。

そして代わりに、本人がそれまでほとんど経験していなかった人材育成、評価、調整、意思決定、責任という仕事を与える。

よく考えれば、かなり奇妙な制度です。

ならば必要なのは、管理職になる一本だけの出世階段ではないのでしょう。

優秀な技術者は、技術者のまま給与が上がる。

優秀な営業担当者は、営業を続けながら高い待遇を得る。

人を育てる能力のある人は管理職へ進む。

つまり、「偉くなる」と「管理職になる」を分離する。

ここが重要なのではないでしょうか。

そうしなければ会社は、優秀な社員を見つけるたびその人を優秀にしていた仕事から引き離すことになります。

そして若手社員は、それを見ています。

「あの人みたいに頑張れば、自分もあの仕事をやめさせられるのか」

そう学習した瞬間、会社にとって最も皮肉な現象が起きます。

優秀な人材を報いるために作った昇進制度が、次の優秀な人材に『優秀になりすぎない方がいい』と教える制度になります。

会社が本当に失っているのは、一人の優秀な社員だけではないのかもしれません。

その人の昇進を見て、能力を隠し始めた未来の優秀社員、管理職にならないことを選んだ未来の優秀管理職。

そして、育成されなかったその次の世代。

そこまで含めると「優秀な社員を管理職にする」という一つの人事判断が5年後、10年後の組織能力まで変えてしまう可能性があります。

だから企業が問うべきなのは、

「誰を昇進させるか?」

だけではないでしょう。

その前に、

「なぜこの会社では、報酬を上げるために仕事そのものを変えなければならないのか?」

を問う必要があるのではないでしょうか。

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