「管理職になりたくない」……以前であれば、会社員として働き続ければ、
一般社員→主任・係長→課長→部長
と上へ進んでいくことが、比較的当たり前のキャリアとして考えられていました。
もちろん全員が出世を望んでいたわけではありません。
それでも、「給料を上げたい」「会社で認められたい」「より大きな仕事をしたい」のであれば、管理職になることは有力な選択肢でした。
ところが現在、その前提そのものが崩れつつあります。
2026年にリクルートマネジメントソリューションズが発表した調査では、一般社員のうち、
「管理職になりたい」
「どちらかといえば管理職になりたい」
と回答した人は18.1%でした。
逆に、
「どちらかといえばなりたくない」22.9%
「なりたくない」44.0%
で、合わせると66.9%。
実に3人に2人近くが、管理職になることに否定的です。
これはかなり異様な数字ではないでしょうか。
会社には管理職が必要で、誰かが人員配置を決めなければならない。
誰かが部下を育てなければならず、誰かがトラブル対応をしなければならない。
誰かが経営層と現場の間に立たなければならなくて…という感じで、必ず誰かがやらなければならない役割はたくさんあるのに、その役割をやりたい人がほとんどいない。
以前、記事解剖室では「誰も管理職になりたがらない会社は、最終的にどうなるのか?」という問題を考えました。

そこで今回は、その一つ手前に戻ります。
そもそも、なぜこれほど管理職になりたくない人が増えたのか。
若者の出世欲がなくなったから?
仕事よりプライベートを優先する時代になったから?
それとももっと単純に、管理職という仕事の「責任と報酬」が釣り合わなくなっているのでは?
今回はこの問題を考えてみます。
- まず、管理職になったら何が増えるのか
- では、管理職になると何が増えるのか
- 「給料が上がる」だけでは不十分
- 残業代がなくなる問題もある
- 「責任を負いたくない若者」で片付けると原因を見誤る
- 上司そのものが「管理職の求人広告」になっている
- しかも現在の管理職は「プレイングマネジャー」になりやすい
- 人手不足が管理職をさらに「罰ゲーム化」する
- 人事評価の記事ともつながる
- 管理職になりたくないことは「静かな退職」とも似ている
- では、報酬を増やせば解決するのか
- 実は「権限」が足りない問題もある
- 「管理職にならなければ給料が上がらない」会社にも問題がある
- AI時代には、さらに問題が複雑になる
- それでも管理職は必要である
- 本当の問題は「若者の出世欲低下」ではないのではないか
- 記事解剖室としての結論
まず、管理職になったら何が増えるのか
かなり単純化すると、管理職になると四つのものが増えます。
責任、仕事量、他人に関する仕事、会社との利害調整です。
一般社員なら、基本的には自分の仕事をきちんとこなせばよい。
ところが管理職になると違います。
自分が仕事を終えていても、
部下がミスをした、部下同士でもめた、新人が育たない、欠勤者が出た、人手が足りない、顧客からクレームが来た、上から無理な目標が降りてきた。
となれば、自分の仕事になります。
つまり管理職とは、「自分では完全にコントロールできない事柄についてまで責任を持つ仕事」でもあります。
ここが一般社員との大きな違いでしょう。
では、管理職になると何が増えるのか
当然、その代わりに得られるものもあります。
給与、権限、裁量、肩書、会社への影響力、より大きな仕事、経営に近い経験。
これらが十分大きければ、管理職になることは魅力的です。
問題は、増える負担と増えるメリットの比率でしょう。
仮に一般社員のとき、
年収500万円 責任100 仕事量100
だった人が課長になって、
年収700万円 責任200 仕事量130
になるなら「大変だけれど昇進する価値はある」と思う人はかなりいるかもしれません。
ところが、年収500万円→年収550万円なのに、責任100→責任200 仕事量100→仕事量150
だったらどうでしょう?
これに加えて残業代がなくなり、休日でも部下から連絡が入り、トラブルが発生すれば自分が説明し、部下が辞めれば自分の管理能力を疑われる。
そうなると、「50万円多くもらうために、この仕事を引き受ける必要があるのか?」という計算が始まります。
管理職忌避を考えるうえでは、この「割に合うか」という視点がかなり重要だと思います。
「給料が上がる」だけでは不十分
ここで注意したいのは、「管理職の方が給料は高いのだから、報酬は増えている」という反論です。
これは間違いではありません。
しかし、社員が比較するのは給料の絶対額だけではありません。
例えば、一般社員 年収500万円 管理職 年収600万円
この条件下であれば、100万円増えています。
しかし、残業時間が増える、休日対応が増える、人間関係のストレスが増える、会社からの要求が増える、失敗したときの責任が増える、自由に休みにくくなるのであれば、社員が判断しているのは、
年収+100万円だけではありません。
むしろ、年収+100万円と引き換えに、どれだけ人生の自由と精神的余裕を渡すことになるのかを見ています。
だから企業側が、「管理職手当を払っている」と言っていても、社員側が「それでは足りない」と思うことは十分あり得ます。
残業代がなくなる問題もある
さらに日本企業では、昇進によって給与差が想像ほど大きくならないケースがあります。
パーソルも、管理職になることで残業代が支給されなくなり、一般社員時代に残業代を多く受け取っていた人の場合、報酬差が小さくなったり、場合によっては逆転したりする問題を指摘しています。
これはかなり大きい。
一般社員として、残業すれば残業代が出る。
責任は限定され、仕事が終われば帰れるという状態から、管理職になると残業代がなくなり、責任が増え、部下の仕事まで気にする。
さらには会社と部下の板挟み。
こんなに色々背負ったのに、月収差が数万円程度しかない。
そうだとすれば、「昇進しない」という選択は、必ずしも怠惰ではありません。
むしろ合理的な判断になります。
「責任を負いたくない若者」で片付けると原因を見誤る
管理職になりたくない若者について、「最近の若者は責任を負いたがらない」という説明をすることがあります。
しかし、この説明だけでは弱いでしょう。
なぜなら、管理職を希望する人の理由を見ると、若手を育てたい、チームを率いたい、自分自身を成長させたい、会社へ貢献したい、といった動機も確認されています。
新入社員に限れば、管理職を目指したいと考える人が59.0%という調査もあります。
その理由のトップは、「仕事を通じて自分自身を成長させたい」でした。
つまり最初から、「絶対に責任など負いたくない」と思っている人ばかりではありません。
むしろ会社で働いていくうちに、上司を見る、課長を見る、部長を見る。
そして、「ああいう働き方を自分もしたいだろうか?」と考える。
そこで答えが、「いや、いいです」になっている可能性があります。
上司そのものが「管理職の求人広告」になっている
これは非常に重要です。
企業がいくら、「管理職にはやりがいがあります」と言っても、社員は毎日、実物の管理職を見ています。
課長が毎日残業している、部下の欠勤を穴埋めしている、会議ばかりしている、上層部から怒られている、部下から不満を言われている、トラブルの責任を負っている。
なのにそれほど給料が高そうにも見えない。
この状態で、「将来はぜひ管理職を目指してください」と言われても、説得力はありません。
会社にとって現在の管理職は、次世代の管理職候補へ毎日見せている広告でもあります。
その広告に映っているのが、疲れ切った課長、板挟みの係長、休めない部長。
これでは、志望者が減るのは当然でしょう。
しかも現在の管理職は「プレイングマネジャー」になりやすい
本来、一般社員=自分の仕事をする人
管理職=他人が仕事をできる環境を作る人
と役割を分けることもできます。
しかし人手不足になると、そうはいきません。
管理職自身も現場仕事をする。
そのうえで部下を管理し、採用し、教育し、評価し、会議に出て、上層部へ報告する。
つまり、プレイヤー+マネジャーになります。
リクルートマネジメントソリューションズの2026年調査でも、管理職としてのエンゲージメントと継続意向が低い層ほど「プレイヤー業務」の比率が高い傾向が確認されています。
逆に管理職として前向きな層ほど、「方針づくり」や「部下マネジメント」に時間を使えていました。
これはかなり示唆的です。
管理職になりたくない理由は、「マネジメントしたくない」だけではなく、「マネジメントをしながら一般社員の仕事までやらされる役職になりたくない」なのかもしれません。
人手不足が管理職をさらに「罰ゲーム化」する
ここで記事解剖室で何度も出てきた「人手不足」とつながります。
人が辞める→一般社員が減る→管理職も現場へ入る→管理職の仕事が増える→管理職が疲弊する→一般社員がその姿を見る→管理職になりたくなくなる→管理職候補が減る→残った管理職の負担が増える。
これは完全な悪循環です。
以前の記事、「誰も管理職になりたがらない会社は、最終的にどうなるのか?」では、この先に何が起きるのかを考えました。
今回は逆に見ると、管理職不足は突然発生するのではなく、現在の管理職の働かせ方を見た社員が合理的に昇進を避けた結果として生まれるとも考えられます。
人事評価の記事ともつながる
記事解剖室では、「人事評価はなぜ社員の行動を歪めるのか?」という問題も考えました。

そこでの結論は、
評価制度は社員を測るだけではなく、「何をすれば得なのか」を社員へ教える
というものでした。
これは昇進でも同じでしょう。
社員は会社を観察しています。
管理職になった人が、給料が大幅に増えた、裁量が増えた、仕事を選べるようになった、成長している、楽しそうに働いている。
これなら、社員は「管理職になると得をする」と学習するでしょう。
反対に、仕事だけ増えた、責任だけ増えた、残業代がなくなった、自由時間が減った、上司と部下の板挟みになったなら……
社員は「管理職にならない方が得だ」と学習します。
会社が作った制度に、社員が適応しているだけとも言えます。
管理職になりたくないことは「静かな退職」とも似ている
以前、「会社へ出社させることはできても、社員を働かせることはできない?」という記事で、静かな退職について考えました。

会社が社員へ、出社しなさい、この仕事をしなさい、勤務時間を守りなさい。
と命令することはできます。
しかし、もっと会社へ貢献したい、難しい仕事へ挑戦したい、後輩を育てたい、管理職になりたい。
こういう内発的な意欲まで命令することはできません。
管理職も同じです。
会社が形式上、「あなたを課長にします」と言うことはできます。
しかし本人に、「課長としてこの組織を良くしたい」と思わせることは別問題です。
昇進が「ご褒美」ではなく「罰ゲーム」に見えてしまえば、最低限だけ働く「静かな退職」と同じように、「昇進しないキャリア」を社員が選び始めます。
では、報酬を増やせば解決するのか
ここまで読むと、「だったら管理職の給料を上げればいい」となります。
これはかなり正しいと思います。
責任が増えるなら報酬を増やす、市場経済として当たり前です。
しかし、それだけでは完全には解決しないでしょう。
例えば、一般社員500万円、課長550万円では魅力がないので、
課長700万円に変更する。
これなら希望者は増えるでしょう。
しかし、毎日12時間働く、休日も電話が来る、部下30人を見てプレイヤー業務もする、重大トラブルは全部責任を負う。
これでは、700万円でも嫌だという人はいます。
結局必要なのは、報酬を増やすことと、責任・仕事量を減らすことの両方でしょう。
実は「権限」が足りない問題もある
もう一つ見落とされやすいものがあります。
責任と報酬だけではありません。
権限です。
理想的には、
責任が増える→権限も増える→報酬も増える
となるはずです。
ところが、
責任だけ増える、しかし採用人数を決められない、給与も決められない、人員配置も自由にできなければ設備投資もできない、さらには上から来た目標も拒否できない。
それなのに部署で問題が起きれば、「管理職なのだから何とかしろ」と言われる。
こんな管理職はうっちゃりたいですね(-_-;)
つまり管理職の魅力度を考える場合、単純な報酬÷責任ではなく、
報酬+裁量+権限+成長機会
──────────────
責任+労働時間+ストレス+キャリアリスク
くらいで考えた方が実態に近いのかもしれません。
この比率が高ければ管理職になりたい人は増える。
低ければ減る、単純な話です。
「管理職にならなければ給料が上がらない」会社にも問題がある
もう一つ大きな論点があります。
優秀な技術者、優秀な営業、優秀な研究者、優秀なプログラマー。
こうした人たちが高い給料を得ようとすると、管理職になるしかない会社があります。
しかし、優秀な技術者=優秀な管理職ではありません。
以前の記事解剖室でも、専門能力とマネジメント能力は別物という問題を考えました。
技術が好きな人を、給与を上げるためだけに課長にする。
すると本人は現場仕事を失い、会社は優秀な技術者を失い、代わりに経験の浅い管理職を一人手に入れる。
これは会社にとって得なのか私としては疑問です。
だから、管理職コースだけでなく専門職コースでも同程度の報酬を得られる仕組みが必要でしょう。
管理職になりたくない人を「意欲がない」と判断するのではなく、「管理とは別の能力で会社へ貢献したい人」として扱う方が合理的です。
AI時代には、さらに問題が複雑になる
そして、これはAI時代にはかなり重要になります。
記事解剖室では、「AIで1人が10人分働けるようになったら、その社員に10倍の給料を払うのか?」という問題も考えました。

AIによって専門職一人の生産性が非常に高くなれば、
「管理職にならないと高給を得られない」という従来型キャリアの合理性はさらに低下します。
AIを使いこなす専門職が課長より会社へ大きな利益を生む、そんな企業も出てくるでしょう。
そのとき、管理職900万円 専門職600万円 こういう給与体系を維持できるのか。
むしろ、優秀な専門職1200万円 課長900万円 こういう会社が出てきても不思議ではありません。
そうなれば、「出世=部下を持つ」という20世紀型のキャリアそのものが変わっていく可能性があります。
それでも管理職は必要である
ただし、「では管理職などなくせばいい」という話ではありません。
AIが普及しても、誰を採用するか、誰を育てるか、チームをどう作るか、部署間対立をどう処理するか、どの仕事を優先するか、誰にどの仕事を任せるか、最終的に誰が責任を持つか。
こういう問題は残ります。
むしろ個人の生産性がAIによって高くなれば、能力の高い人間同士をどう組み合わせるかという、マネジメントそのものの価値が上がる可能性すらあります。
だからこそ、管理職を「誰もやりたくない仕事」のまま放置することは危険です。
本当の問題は「若者の出世欲低下」ではないのではないか
ここまで考えると、管理職になりたくない人が増えた原因を、「最近の若者には出世欲がない」だけで説明するのはかなり乱暴です。
社員は管理職の仕事を見ています。
責任、労働時間、報酬、裁量、ストレス、キャリア。
それを比較して「自分はやらない」と判断している。
つまりこれは価値観の問題であると同時に、会社が提示している管理職という商品の魅力の問題でもあります。
誰も買いたがらない商品を前にして、「最近の消費者には購買意欲がない」と言っても仕方ありません。
商品そのものを見直す必要があるのと同様、管理職も見直す必要があるのでは、というのが私の意見です。
記事解剖室としての結論
管理職になりたくない人が増えた理由は何でしょうか。
プライベートを重視する価値観、責任を負いたくない気持ち、専門職として働きたい人の増加、転職が一般化したこと。
さまざまな理由があります。
しかし私は、その中でも管理職という仕事のリスクとリターンが見合っているのかという問題はかなり大きいのではないかと思います。
……うん、なんかあまり奇抜な意見が出てこなくてちょっと申し訳ないんですが、ここはやはり色々考えてもリスクとリターンが釣り合っていない、というのが一番大きく思えるので(-_-;)
責任は増える、仕事も増える、部下の問題まで背負う、会社と現場の板挟みになる、場合によっては残業代もなくなる。
しかし給料は少ししか増えず、権限もそれほど増えない。
この条件なら、管理職にならない方が合理的だと考える社員が出てくるのは当然です。
そして重要なのは、社員がその判断を会社から教わっているということです。
現在の管理職が疲弊している姿を毎日見せながら、「次はあなたが管理職を目指してください」と言っても難しい。
会社が本当に管理職候補を増やしたいのであれば、研修を増やす前に現在の管理職が魅力的な働き方をしているかを確認する必要があるでしょう。
報酬を増やす、仕事を減らす、十分な人員を置く、権限を渡す、プレイヤー業務から解放する、専門職でも高い報酬を得られるキャリアを作る。
そして、「管理職になると人生が悪化する」のではなく、「管理職になることで、できることが増える」と思える仕事へ変えていく。
管理職になりたい人が減っていることは、若者の意識が変わったという話だけではありません。
もしかすると、会社が長年放置してきた管理職という仕事の設計に対して、社員が『その条件では引き受けません』と言い始めたということなのではないでしょうか。


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