仕事が早い人ほど損をする会社の12の特徴

記事解剖

仕事の正確性が同等であるのならば、仕事は早い方がいい……普通に考えればそうでしょう。

同じ仕事を8時間かけて終える社員と、5時間で終える社員がいるなら、会社にとって価値が高いのは後者のはずです。

仕事を早く終えるには、経験と工夫が必要で、無駄を見つけ、手順を改善し、場合によっては新しい道具を導入する必要もあります。

つまり「仕事が早い」というのは、本来かなり価値のある能力です。

ところが会社によっては、

仕事が早い人ほど損をする

という逆転現象が起こってしまいます。

仕事を早く終わらせた社員には追加の仕事が来て、さらには難しい仕事も任された挙句、周囲のフォローまで求められる。

その一方で、給与も評価もほとんど変わらない(-_-;)

すると最初は一生懸命だった社員も、いつか気づきます。

あれ? これ、早く終わらせない方が得なのでは?

以前、記事解剖室では「なぜ有能な社員ほど能力を隠す組織が生まれるのか?」という問題を考えました。

なぜ有能な社員ほど能力を隠す組織が生まれるのか?仕事が早い人が損をする組織の構造
仕事が早いほど仕事が増え、報酬は変わらない。そんな職場では、有能な社員ほど本当の能力を隠す方が合理的になります。能力隠しが起きる組織の構造と、その副作用を考えます。

そこで出した結論は、

能力を発揮した人に報酬ではなく負担を与える組織では、能力を隠すことが合理的になる。

というものでした。

今回はその問題をもう少し具体化して、どんな会社で「仕事が早い人ほど損をする」という現象が起きるのか。

12の特徴に分けて考えてみたいと思います。


その1 仕事を早く終えると、すぐ追加の仕事が来る

最も分かりやすい特徴。

例えば、午前中に予定していた作業を終えたとします。

普通なら、「今日はかなり早く終わったな」と評価されてもよさそうです。

ところが実際には、

「終わった? じゃあこれお願い」

もちろん会社側からすれば、勤務時間中なのだから仕事を頼むこと自体には合理性があります。

以前の記事でも、「仕事が早い社員へ追加の仕事を与えること自体が悪いわけではない」と考えました。会社は一つの作業だけではなく、勤務時間や役割全体に対して給与を払っているからです。

仕事が早い人に追加の仕事を与えるのは本当に悪いのか?会社側・経営層の視点から考える
仕事が早い人に追加の仕事を与えるのは本当に悪いのか、会社側・経営層の視点から考察した記事になります。

問題は追加の仕事だけが無限に増え、追加の報酬がないことです。

社員A
8時間で仕事10個。

社員B
5時間で仕事10個を終えると、追加で5個与えられる。

これを毎日続けても、AとBの給与が同じなら社員Bは何を学ぶでしょうか。

おそらく、5時間で終わらせても意味がないと学びます。


その2 成果ではなく「忙しそうにしている時間」が評価される

仕事が早い社員が損をする会社では成果そのものより、働いているように見えることが評価される傾向があります。

以前、「Z世代の働いているフリ」を扱った記事でも考えました。

Z世代の8割が認めた「働いているフリ」、仕事が早いほど損をする評価の罠という記事を読んで……筆者が本当に言いたいことは、Z世代についてではないですよね?
なぜ社員は忙しそうに見せたり、仕事をしているふりをしたりするのか。世代論だけでは説明できない評価制度や職場のインセンティブから、「働いているフリ」が生まれる理由を考えます。

勤務時間、オンライン状態、残業時間などが努力の代理指標として使われると、社員は合理的にその指標へ適応します。

つまり、8時間で最大の成果を出そうとするのではなく、8時間働いているように見せようという行動が生まれます。

仕事を5時間で終えて暇そうにしている社員。

8時間ずっと忙しそうにしている社員。

後者の方が高く評価される会社なら、仕事を速くするメリットはほとんどありません。

むしろ、仕事を速く終える能力を隠した方が合理的になってしまいます。


その3 担当業務の量に上限がない

これも危険な特徴です。

仕事が速い社員に仕事を追加する……まぁ、ここまでは理解できます。

しかし、10個できるなら12個、12個できるなら15個、15個できるなら18個。

このように、能力を発揮するたびに基準が上がっていく会社があります。

最初は、「仕事ができる人」だった社員がしばらくすると、「これくらいやって当然の人」になります。

能力が高いことが評価されるのではなく、高い能力が新しい最低ラインになってしまう。

仕事を早く終える→追加業務が来る→高い成果が標準になる→能力を見せるほど危険だと気づく→能力を調整する

こういう流れが出来てしまいます。

仕事量に上限がなければ、能力を上げるほど自分の首を絞めることになります。


その4 仕事が遅い人を、仕事が早い人がフォローする

これも多くの職場で起こり得るでしょう。

Aさんは今日の仕事を16時までに終えた。

Bさんはまだ半分残っている。

すると上司が、「Aさん、Bさんを手伝って」と言う。

一度なら何の問題もありません。

チームで仕事をする以上、助け合いは必要です。

問題は、毎日のように同じ人が助ける側になる場合です。

仕事の遅い社員は、自分の仕事だけやる。

仕事の早い社員は、自分の仕事+他人の仕事をやる。

給与は同じ。

この状態が続くと、不思議な逆転が起きます。

仕事が遅い人ほど仕事量が少なく、仕事が早い人ほど仕事量が多い。

つまり会社が、生産性の低い社員を、生産性の高い社員によって補助する制度を無意識に作ってしまうわけです。


その5 仕事量が違っても、給与・賞与・昇給がほとんど変わらない

ここが問題の核心だと私は考えています。

仕事が多い、難しい仕事もして、後輩も助け、業務の改善もしている。

それでも給与差がほとんどない、というのが最大の問題だと。

もちろん給与制度には限界があります。

社員Aが社員Bの1.5倍仕事をしたから、給料も即座に1.5倍にする。

そんな会社は現実にはほとんどないでしょう。

しかし、成果差が何年続いても待遇差へほとんど反映されないとなれば話は別です。

社員からすると、

頑張る→仕事が増える→給与は同じ 

こういう構造になります。

これは事実上、能力への罰金のような制度です。


その6 ミスをしない人ほど、難しい仕事を任される

これは一見すると当然です。

重要な仕事を誰に任せるのか。

当然、「失敗しそうな人」ではなく、「確実にやってくれる人」を選ぶでしょう。

会社としては合理的です。

しかし、この合理性にも罠があります。

簡単な仕事しか与えられない社員と、難しい仕事を大量に任される社員。

それでも評価や給与がほぼ同じ。

すると優秀な社員には仕事量だけではなく、仕事のリスクまで集中するようになります。

失敗したときに怒られるのもその社員、責任を負うのもその社員。

つまり、信頼されるほど負担とリスクが増えるという構造です。

これでは「信頼されたい」と思う社員が減るのも不思議ではありません。


その7 仕事が属人化している

「あの仕事は田中さんしかできない」

「この設備は佐藤さんしか分からない」

「その顧客対応は鈴木さんに聞いて」

こういう会社も危険です。

最初は、あの人は頼りになる、という評価だったはずです。

ところが属人化が進むと、その人が休めません(-_-;)

その人しかトラブル対応できない。

その人へ問い合わせが集中し、その人が新しい仕事へ移れない、という状態になります。

つまり、能力の高さが、その社員を現在の仕事へ縛り付ける鎖になる。

会社にとっても危険です。

その社員が辞めた瞬間に、組織能力そのものが失われるからです。


その8 管理職が仕事を再配分しない

本来、誰にどれくらい仕事が集中しているのか、誰が余裕を持っているのか、誰に教育が必要なのか。

これを調整するのがマネジメントの重要な仕事です。

ところが、あの人ならやってくれるから、という理由で、仕事のできる人へ仕事を集め続ける管理職もいます。

短期的には非常に楽です、確実に仕事が終わりますからね。

しかし長期的には、

優秀な社員の疲弊→不満→能力隠し→異動希望→退職

につながる可能性があります。

最近の記事解剖室では、管理職について、責任と報酬が釣り合わなければ、管理職になること自体を社員が避けるという問題も考えました。

管理職になりたくない人が増えた理由 責任と報酬は釣り合っているのか
管理職になりたくない人が増えたのは、若者の出世欲が落ちたからではない。責任だけが増え、報酬や権限が追いつかないなら、昇進を避けるのは合理的な判断です。管理職を「会社が社員に売る商品」と捉え、なぜその魅力が失われたのかを考察します。

同じ構造です。

責任を増やすなら、何らかの見返りが必要なのです。


その9 改善すると、自分の仕事が増える

これは会社にとってかなり危険な状態です。

例えば社員が工夫して、1時間かかっていた作業を30分に短縮した。

年間200日なら、100時間の削減で、会社にとっては大きな利益でしょう。

ところが社員に返ってくるものが、

「30分空いたなら、別の仕事をやって」

……こうなっては、さすがに社員もバカバカしくなるでしょう(-_-;)

一度経験すれば、次の改善提案はしない人が増えるでしょう。

つまり、改善によって生まれた利益を会社だけが回収する組織では、社員が改善しなくなる。

この問題はAI時代にはさらに大きくなります。

記事解剖室では「AIは仕事を楽にするのか、それとも『楽な仕事』だけを奪うのか?」でも、

AIによって30%効率化された結果、30%早く帰れるのではなく、同じ時間で30%多く働く可能性を考えました。

AIは仕事を楽にするのか、それとも「楽な仕事」だけ奪うのか?
AIは仕事を楽にするのか、それとも「楽な仕事」だけを奪うのか考察しています。

AIで生産性を2倍にしても仕事量だけが2倍になるなら、社員が積極的にAIを使う理由も弱くなるどころか、積極的にサボタージュする理由が増強されるだけです。


その10 低生産性社員の問題を、優秀な社員で覆い隠している

これも、組織としてかなり深刻な特徴。

本来なら、なぜ仕事が遅いのか、教育不足なのか、配置が悪いのか、本人の適性の問題なのか、業務そのものに欠陥があるのか。

こういった諸々の事柄を管理職が調べる必要があります。

ところが、「できる人に手伝わせれば終わる」となると、その問題が表面化しません。

例えば、本来10人必要な仕事を、優秀な8人が業務を無理して回しているとしましょう。

すると経営側には、8人で回っているように見えます。

しかし実態は、8人で回しているのではなく、数人が過剰負担して成立しているだけかもしれません。

これは非常に危険です。

優秀な社員が一人辞めた瞬間、一気に崩れる可能性があるからです。


その11 「仕事ができる人」より「断らない人」が重宝される

会社で評価される「優秀な社員」が、必ずしも最も仕事のできる社員とは限りません。

上司からすると便利なのは、頼めば断らない人、急な仕事を受けてくれる人、残業してくれる人、他部署の穴まで埋めてくれる人。

つまり、能力よりも使いやすさが評価されることがあります。

都合の良い人、ってところですね( ノД`)

しかし、これを続けると、「断らない社員」に仕事が集中します。

そして本人が限界に近づいて初めて、会社側が負荷の大きさに気づく。

これは管理の失敗です。優秀な人材を「便利な人材」として扱ってしまっているからです。


その12 昇進すると、さらに割に合わなくなる

最後は少し範囲を広げます。

仕事ができる、責任感がある、問題解決能力も高い。

その結果、

「君なら管理職を任せられる」

となる。

ところが、残業が増える、部下のトラブルを処理する、人員不足も背負う、経営層と現場の板挟みになる。

それでも給与は少ししか増えない。

これでは、仕事ができる→管理職にされる→さらに負担が増える

という「二段階目の罰ゲーム」になってしまいます。

記事解剖室では、管理職になりたくない人が増えた問題について、「若者の出世欲がなくなった」と考えるより、管理職という商品の魅力が低下していると捉えた方がよいのではないかと考えました。

仕事が早い人が損をする問題も同じです。

社員のやる気ではなく、会社がどんな交換条件を提示しているのかを見る必要があります。


12の特徴には共通点がある

ここまで12個並べました。

しかし、実は全部かなり似ています。

共通する構造は能力を発揮した社員へ「報酬」ではなく「追加負担」が返ってくるということです。

仕事を早く終える→仕事が増える。

ミスをしない→難しい仕事が増える。

知識を身につける→その人しかできない仕事が増える。

改善する→空いた時間に仕事が増える。

責任感を持つ→他人の仕事まで増える。

成果を出す→さらに高い目標を課される。

昇進する→責任が大幅に増える。

ほぼ全部同じ構造です。

能力を上げれば上げるほど本人が受け取る限界利益より、本人が背負う限界負担の方が大きくなる。

そうなったとき、社員は合理的に行動を変えます。


社員は会社の制度から「最適な働き方」を学習する

以前の記事解剖室で、

人事評価制度は社員を測る装置であると同時に、社員の行動を変える装置でもある。

と考えました。

人事評価はなぜ社員の行動を歪めるのか?働いているフリ・成果主義・AI評価から考える
人事評価はなぜ社員の行動を歪めるのか、働いているフリ・成果主義・AI評価から考察しています。

これは今回の問題にもそのまま当てはまります。

仕事を早く終えれば評価される会社なら、社員は仕事を早くする方法を探します。

改善すれば報酬が得られる会社なら、改善案を探します。

知識を共有すれば評価される会社なら、ノウハウを共有します。

しかし、

仕事を早く終える→仕事が増える。

改善する→仕事が増える。

能力を見せる→仕事が増える。

責任を持つ→仕事が増える。

という会社なら、社員は何を学ぶでしょう。

答えは簡単です。能力を見せない方が得だ。

そして、仕事をゆっくりやる、忙しそうに見せる、余裕があっても言わない、改善案を出さない、難しい仕事を避ける、責任を負わない、自分にしかできない技術をあえて広げない。

という行動が増えていきます。

会社から見ると、「最近の社員は主体性がない」「もっと積極的に動いてほしい」「改善提案が出ない」ように見えるかもしれません。

しかし社員からするとその働き方こそ、その会社で生き残るための最適戦略なのかもしれません。


「成果主義にすれば解決する」は半分だけ正しい

ここで、ならば成果主義にすればいい、という解決策が考えられます。

確かに一定の効果はあるでしょう。

以前の記事でも、時間を評価するより成果を評価した方が「働いているフリ」は減る可能性があると考えました。

成果主義なら「働いているフリ」はなくなるのか?
時間ではなく成果で評価すれば「働いているフリ」は消えるのでしょうか。成果主義のメリットだけでなく、数字の攻略や短期成果偏重など、新たに生まれる問題を考察します。

しかし、それだけでは不十分です。

なぜなら、

成果を出す→翌年の目標を上げられる→さらに成果を出す→また目標を上げられる

こういう制度なら結局、本気を出さない方が得になるからです。

あるいは成果指標そのものを攻略する社員が出てきます。

最近Metaの「tokenmaxxing」を扱った記事でも、AI利用量を評価すれば、社員は「AIを使って成果を出す」のではなく、「AI利用量そのものを増やす」方向へ適応する可能性を考えました。

AI利用量を評価してはいけない?Metaの『tokenmaxxing』が示した人事評価の罠
Metaで広がった「tokenmaxxing」は、なぜ起きたのか。AI利用量を人事評価に組み込むと社員が指標を攻略する理由と、企業が本当に評価すべきものを考えます。

評価制度を変えるだけでは足りません。

重要なのは、社員の生産性向上によって生まれた利益を、会社と社員でどう分けるかという問題です。


では、仕事が早い人が得をする会社はどう設計するのか

反対から考えると分かりやすいでしょう。

仕事が早い社員へ追加の仕事を与えること自体は、必ずしも悪くありません。

問題は、追加する一方で、何も返さないことです。

例えば、仕事量を増やす代わりに昇給する、賞与へ反映する、裁量を増やす、昇進だけでなく専門職として給与を上げる、休暇を増やす、一定の目標を達成したら残り時間を自己研鑽へ使えるようにする、改善によって生まれた利益の一部を還元する。

こうした形なら、社員側にも能力を上げるほど得をするというインセンティブが生まれます。

重要なのは、仕事を増やすか増やさないかではありません。

能力向上によって生まれた価値を、誰が受け取るのか。

という問題なのだと思います。


AI時代には、この問題がさらに大きくなる

そして、この問題はAIによってさらに重要になります。

現在、企業はAIによって社員一人当たりの生産性を上げようとしています。

では仮に、これまで8時間必要だった仕事を、AIを使って2時間で終えられるようになったとします。

会社には二つの選択肢があります。

社員へ「6時間分、新しい仕事をしてくれ」と言う。

あるいは、生産性向上の一部を、給与、裁量、勤務時間、キャリアなどの形で社員へ返す。

前者だけを続ければ、社員はいずれ気づくでしょう。

AIを上手に使えることを会社に知られない方がいい。

以前の記事解剖室では、「AIで1人が10人分働けるようになったら、その社員に10倍の給料を払うのか?」という問題も考えています。

サイト上でもこの問題は、AI時代の生産性と報酬配分のテーマとして扱われています。

AIで1人が10人分働けるようになったら、その社員に10倍の給料を払うのか?
AIで1人が10人分働けるようになったら、その社員に10倍の給料を払うのか考察してみます。

もちろん10倍働けるから10倍払う、という単純な話ではありません。

しかし、10倍の生産性を得ながら社員へ何も返さない。

これも長期的には成立しにくいでしょう。

なぜなら社員側も、自分の生産性を会社へ完全には渡さない方法を探し始めるからです。


記事解剖室の結論

「仕事が早い人ほど損をする会社」の最大の問題は、仕事が多いことでも、追加業務があることでもありません。

本質は、会社と社員の合理性が食い違っていることです。

会社にとっては、社員が最大能力を発揮することが合理的。

しかし社員にとっては能力を発揮すると、仕事が増え、責任が増え、業務の難易度が上がる。

周囲をフォローすることまで増えても、待遇が変わらない。

こんな状態であれば能力を隠すことが合理的になります。

ここまで来ると、「もっと頑張れ」「主体性を持て」「生産性を上げろ」という精神論では解決しません。

むしろ会社が考えるべきなのは、この会社では、能力を発揮した社員に何が返ってくるのか? という問いではないでしょうか。

以前、記事解剖室では、人事評価制度とは、会社が社員へ「この会社では何をすれば合理的なのか」を伝えるメッセージでもあると考えました。

今回の話も同じです。

仕事を早く終えると報われる会社なら、社員は仕事を速くこなすようになるでしょう。

改善すると報われる会社なら、社員は改善します。

能力を発揮すると報われる会社なら、社員は能力を見せます。

反対に、仕事を早く終えると仕事が増え、改善すると仕事が増え、能力を見せると責任だけ増える。

こういう会社なら、社員へこう教えているのと同じです。

「本気を出さない方が、この会社では賢いですよ」

もし社員が仕事を遅くしている、能力を隠している、改善提案を出さない、余計な仕事を避けている。

そんな姿が見えたとき、会社が最初に問うべきなのは、「最近の社員はなぜやる気がないのか?」ではないのかもしれません。

問うべきなのは、

なぜ、この会社では仕事が早い人ほど損をする仕組みになっているのか?

ではないでしょうか。

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