今日は久しぶりにヤフーの記事で『ん?』と思えた記事を見つけたので、その解剖を行いたいと思います。
該当記事はこちら。

GOETHE、という私には初耳のところが元々の掲載場所みたいです。

執筆者は安藤広大氏。識学 代表取締役社長ですね。
では、早速プロンプトに沿ってAIに読み込んで貰いつつ、私も続く形で読んでいこうと思いますm(_ _)m
記事は何を主張しているか
この記事の主張を一文に縮めると、
周囲が最低限しか働かなくても、それに合わせるべきではない。給料以上に働いて得た経験は将来の自分への投資になる。
というものです。
記事では非常に分かりやすい「貯金/借金」というモデルを使っています。
頑張る社員は、現在の給料以上の成果を出す代わりに、経験・能力という「貯金」を蓄える。
一方、静かな退職をする社員は、今は楽でも能力が増えず、将来環境が変わったときに困るので「未来への借金」を増やしている、という考え方です。
そこへAI時代という要素が入ります。
AIによって仕事が変わり、社員の選別も進む。
そのとき「現在の仕事だけを最低限やっている人」より、多様な仕事を経験して能力を伸ばしてきた人の方が、生き残る選択肢が多い。
したがって短期的な損得ではなく、10年後の市場価値まで考えろ。
これが記事の中心思想です。
正直、この部分だけであれば『あぁ、書籍の執筆者にとっての利益誘導か』と疑り深い私は考えたことでしょう。
ただ、記事後半では「静かな退職が常態化しているならマネジメント側にも責任がある」と触れていたので、何か他に意図があるんじゃないかなと思い、AIに読み込ませてみました。
結果、この一文を掘り進めると、この記事全体とはかなり違う結論にたどり着いてしまいました。
筆者は誰に向けて書いているか
中心読者は、「自分だけ仕事をしているように感じている社員」でしょう。
特に、周囲より仕事量が多い、頼まれると断れない、改善提案をする、後輩を教える、トラブル対応をする、残業する、しかし給与差は小さい。
こういう社員です……はい、私は正直言って覚えがあります(-_-;)
この層には非常に刺さりやすい記事で、私自身刺さったから取り上げてみようと思い、AIに読み込ませました(-_-;)
なぜなら「あなたは損しているのではありません」ではなく、「あなたが今している努力は未来の自分への投資です」と意味付けを変えてくれるからです。
心理的にはかなり強い説明で、同時に、管理職・経営者にも読みやすい。
「社員には給料以上に仕事をして成長してほしい」という企業側の価値観とも相性がいい……
ただ、この記事以外でも何度か書いていますが……
私は、疑り深いのです。
読者に何をさせたいか
直接的には、周囲が静かな退職をしていても、それに合わせず働き続けてほしい。
これがメインでしょう。
ただし、もう一段深く読むと、「給与」と「労働」を一対一交換で考えるな、という価値観の変更を求めています。
普通なら、年収500万円なら500万円相当働くと考えます。
この記事では違います。
500万円もらいながら700万円分働いたとしても、差額200万円相当が経験として自分に残るなら必ずしも損ではない。
という考え方です。
これはキャリア形成論としては成立します。
ところが、ここで最重要の問いが出てきます。
「その200万円分は本当に本人に残っているのか?」です。
この重要な部分を、この記事はほとんど検証していないのではないか、と私は思いました。
どんな前提を置いているか
この記事にはかなり大きな前提があります。
最大の前提は、仕事量の増加 ≒ 経験の増加 ≒ 能力の向上と考えていることです。
しかし実際には、同じ単純作業を大量に処理する、慢性的な人手不足の穴埋めをする、欠勤者の代わりをする、他人の仕事を肩代わりする、上司のミスを修正する。
これらで仕事量が2倍になったとしても、能力が2倍になるとは限りません……
何度か書いていますが、人手不足の工場で私は働いていますので、AIが先程あげた条件の中で【慢性的な人手不足の穴埋めをする、欠勤者の代わりをする、他人の仕事を肩代わりする、上司のミスを修正する】が現在の私には当てはまっていますね。
むしろ、仕事量は増えたが、市場価値はほとんど上がっていないということも有り得ますね。
ここが元記事最大の弱点だと思います。
記事解剖室ではすでに、
「能力を発揮すると仕事だけ増えるなら、能力を隠すことが合理的」
という問題を扱っています。

今回の記事はこの問題への回答として、「仕事が増えても経験になるから得だ」と説明している。
しかし、疑り深い私としては、本当にそうでしょうか、と筆者に問いたい。
たとえば社員Aが仕事を100こなし、社員Bが仕事を150こなす。
ところが、給与は同じ、評価も同じ、昇進も同じ、身につく技能も同じ。
だった場合、Bが合理的どころか、大損なのでは?
さらに記事解剖室で以前考察したように、人事評価制度そのものが社員の行動を変えます。
何が評価されるかによって、「努力する」「能力を隠す」「数字を攻略する」という行動が変わります。

したがって社員の努力不足だけを見ても、この問題は理解できないということになります。
何が書かれていないか
ここが今回の記事で最も掘れる部分でしょう。
まず「頑張る」と「成長する」は同じなのかがほぼ検討されていません。
例えば、毎日同じ仕事を120%の速度でやる社員と、100%の仕事をしながら新しい資格や技術を学ぶ社員。
どちらが5年後に強いでしょう。
……後者かもしれませんよね、新しい資格や技術を学んでいるんですから。
つまり重要なのは労働量ではなく、経験の質です。
次に会社はその努力に報いるのかという問題があります。
努力して能力が上がったとしても、給与が上がらない、昇進しない、裁量が増えない、より難しい仕事へ移れない。
なら、その社員はどうするでしょうかね?
私であれば、転職を考えますね……現実に、そうですから(-_-;)
すると会社から見ると、優秀な社員を育てた結果、その社員が辞めることになります。
ここは最近の記事解剖室で考えている「人材育成のフリーライダー問題」ともつながります。
「会社は人を使う場所であると同時に人を作る場所だった」という考察を既にされています。

今回の記事は個人側から、仕事を通じて自分を育てろ、と言う。
しかし会社側には、育った社員をどう処遇するのかという問題があります。
さらに重要なのが、静かな退職には原因があるという点です。
マイナビ調査を見ると、静かな退職には「無関心」だけでなく、「損得重視」「評価不満」「不一致」が存在します。
さらに静かな退職をしている人の73.7%が今後も続けたいと回答しています。
つまり単純に「社員が怠けるようになった」とは言えません。
むしろ一部では、
努力する→評価されない→さらに仕事を与えられる→報酬は変わらない→努力量を落とす。
という学習が起きている可能性があります。
これは怠慢というより、組織のインセンティブに適応した結果とも解釈できます。
個人的にはとても覚えがありますので、しっくりくる解釈です(-_-;)
記事の有効な部分は何か
それでもこの記事には重要な指摘があります。
特に、短期の給与だけで仕事の価値を判断するなという部分。
これはかなり有効です。
例えば、初めて設備を任される、プロジェクトを担当する、部下を持つ、顧客交渉を経験する、新技術を扱う。
こうした仕事なら、一時的に給与以上の仕事をしてでも経験する価値はあり得ます。
その経験は会社を辞めても持ち運べるからです。
つまり、企業特殊的な労働ではなく、移転可能な人的資本を貯めるのであれば、記事の「貯金」という比喩はかなり正しい。
AI時代についても同じです。
現在の仕事だけを最低限繰り返し、新しい技術に触れない状態が何年も続けば、選択肢が狭くなるリスクはあります。
記事解剖室でも、「AIが新人の仕事を奪うと経験者そのものが育たなくなる」という問題を扱っています。

経験を積むこと自体には明確な価値があります。
ただし頑張ることが重要なのではなく、何が残る頑張り方なのかを選ぶことが重要と修正した方が精密でしょう。
別の立場から見るとどうなるか
同じ現象でも立場によって合理性が変わります。
社員側
能力、資格、人脈、経験、実績など、会社を辞めても残るものが得られる仕事なら、給料以上に働くことには合理性があります。
しかし、
単なる穴埋め、雑務、慢性的残業、他人の仕事の肩代わり。
これなら「頑張らない」ことも合理的です。
会社側
社員が自主的に給与以上の仕事をしてくれるのは非常にありがたい。
しかしそれに依存すると、
頑張る人に仕事集中→負担増→待遇変わらず→頑張る社員が学習→能力を隠す/静かな退職→さらに少数の社員へ仕事集中
こういう循環になります。
これは、記事解剖室で扱ってきた「人手不足なのに給料を上げない会社」と構造的によく似ています。
企業単体では短期的に合理的でも、長期では人材不足を悪化させる行動です。

管理職側
最も厄介です。
上司から、「仕事を回せ」と言われる。
部下から、「頑張っても評価されない」と言われる。
頑張る社員に頼れば仕事は回る。
しかし頼り続けるとその社員が潰れる。
その結果、優秀だから仕事が集中するという逆インセンティブが発生します。
静かな退職をする社員側
この人たちも必ずしも非合理ではありません。
給与・昇進・評価がほぼ変わらない会社なら、
100働いても70働いても待遇が同じだからです。
であれば、70を選ぶ行動は経済的には説明できます。
つまり、静かな退職は社員個人の問題であると同時に、組織が作った均衡状態でもあるということです。
この出来事が5年続いたらどうなるか?
仮に2026年から2031年まで、「頑張る人」と「最低限働く人」が同じ職場に共存し続けたとします。
最初の1年程度なら、頑張る人が多くの仕事を処理します。
会社からすると非常に便利です。
ところが2~3年目になると、頑張っている社員が周囲を観察します。
「仕事を多くやっている」「問題対応もしている」「後輩も教えている」
でも、給料差はほとんどない
すると一部が行動を変えます。
転職する、昇進を狙う、仕事量を落とす、能力を隠す。
このどれかでしょう。
そして4~5年後。
最も危険なのは、職場全体が静かな退職へ均衡することです。
頑張る社員を見て、「頑張れば報われる」ではなく「頑張ると仕事が増えるだけ」と周囲が学習してしまう。
すると新人もそれを見ます。
先輩A:最低限しかやらない。
先輩B:大量の仕事を抱えて疲弊している。
待遇差:ほぼない。
新人ならどちらを模倣するでしょうか。
これは記事解剖室の「人手不足なのに新人教育ができない会社」とも接続します。
現在の人手不足を乗り切るために教育を止めると未来の人手不足を作る、という循環を既に考察されています。

今回も同じ。
頑張る社員へ仕事を集中させれば、今日の仕事は回る。
しかし5年後、「頑張らない方が合理的」という文化を会社自身が育てているかもしれない。
という問題になります。
記事解剖室の結論
今回の記事の問いは、
「周囲が働かないなら、自分も働かない方が得なのか?」
でした。
記事の執筆者である安藤広大氏はこれに、
いいえ。努力は未来への貯金だから頑張った方がいい。
と答えています。
これは半分正しい、と私は思います。
しかし、記事解剖室としてもう一段掘るなら、問いそのものを変えた方がいいとも思いました。
「頑張るべきか、頑張らないべきか」ではありません。
本当に問うべきなのは、
「今やっている努力は、5年後の自分に何が残るのか?」
ではないでしょうか。
仕事量が増えるだけ、責任が増えるだけ、残業が増えるだけ、他人の仕事を肩代わりするだけ。
私がやっているようなこういった仕事ばかりであれば、それは「未来への貯金」とは限りません。
一方……
新しい技能を習得する、資格を取る、難しい仕事を経験する、マネジメント経験を得る、転職市場でも評価される実績を作る。
こうした努力なら、会社が報いてくれなくても本人には残ります。
したがって「静かな退職をするな」というより、「会社に努力を寄付するのではなく、自分に残る努力を選べ」というのが、この記事解剖室としての結論になりそうです。
そして会社側にも同じ問題があります。
会社が、
「頑張る人には経験を与えているのだから、それで十分だ」
と考え始めたら相当に危険です。
理由は、経験を積んだ社員は、その経験を持って他社へ行けるから……現に、こういう文章を書いて、AIにも思考させている人間が転職考えてますからね(-_-;)
努力を評価しない会社ほど、社員を成長させながら、同時に転職市場へ送り出す会社になりかねません。
これまでの記事解剖室で考えてきた、
「能力を出すと仕事だけ増える」
「人事評価は社員の行動を変える」
「静かな退職」
「人材育成のフリーライダー問題」
「人手不足」
「AI時代の人材選別」
は、実は全部この記事で長々と書いた事柄へつながります。

人間は「頑張れ」と言われたから頑張るのではなく、頑張った結果を見て次の行動を学習する。
会社が「頑張った人ほど仕事が増える」という結果を与え続ければ、社員は頑張らなくなるのは当然の帰結です。
逆に、
頑張る→能力がつく→難しい仕事を任される→裁量が増える→待遇が上がる
こういう経路が見えていれば、努力する合理性が生まれる。
だから「静かな退職」は社員個人の意欲の問題だけではありません。
会社が、社員のどんな行動を合理的にしてしまっているかを映す鏡でもあると私は考えています。


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