「人手が足りない」
この言葉を聞いたとき、普通に考えれば対応策は二つあります。
人を増やすか、仕事を減らすか。
ところが実際の会社では、奇妙なことが起こります。
人が辞める。採用しても入ってこない。それでも受注量、営業時間、会議、報告書、品質要求、顧客対応、社内手続きはほとんど変わらない。
結果として、
10人でやっていた仕事を9人でやる。9人でやっていた仕事を8人でやる。
こういう状態になっていきます。
2026年9月の日本商工会議所調査では、人手不足と答えた企業は60.0%。そのうち48.2%が、人手不足によって事業運営に影響・支障が出るほど深刻だと回答しています。建設業では77.4%、運輸業72.2%、介護・看護業70.5%が人手不足でした。
また、内閣府・財務省の2026年7~9月期「法人企業景気予測調査」でも、大企業の従業員数判断BSIは26.7ポイントで「不足気味」が「過剰気味」を大きく上回り、しかも大企業では2011年9月末以降、61四半期連続で人手不足超となっています。中堅企業34.3、中小企業27.8と、企業規模を問わず不足超です。
それほど人が足りないのであれば、なぜ会社は仕事そのものを減らさないのでしょうか。
今回は、この一見すると不思議な現象を考えてみます。
一般にはどう理解されているか
一般的には、人手不足になると、
採用を増やす→賃金を上げる→外国人を採用する→AI・機械を導入する→業務を効率化する
こういう対応が想定されます。
実際、日本商工会議所の2026年調査でも、人手不足対策として採用強化に続いて「デジタル活用等による省力化」を挙げた企業は40.2%でした。
ここまでは自然ですが、よく考えると選択肢が一つ抜けています。
「仕事そのものをやめる」です。
たとえば10人必要な仕事に8人しかいないなら、
A. 2人採用する
B. 機械化して8人でできるようにする
C. 仕事量を8割にする
これら三つの方法があります。
ところが会社では、Cはかなり選ばれにくい。
むしろ、
「何とか今の人数で回してくれ」
となりやすい……まぁ、私が勤めている工場もそのまんまです(-_-;)
なぜなのでしょうか。
当事者Aから見るとなぜ合理的なのか
ここではAを経営者・経営側とします。
経営側から見ると、実は仕事を減らさないことにはかなり合理的な理由があります。
売上は減らしたくない
一番単純なのはこれです。
仕事を20%減らした結果、売上まで20%減るのであれば、会社としては簡単に選べません。
人件費は不足している。
しかし、顧客もいる、注文も来ている、設備もあり、市場もある。
それなのに、
「人がいないので注文を断ります」
という判断をすれば、競合企業へ顧客を奪われる可能性があります。
一度失った顧客が、人員を確保したあと戻ってくる保証もありません。
だから経営者からすると人手不足は一時的かもしれないが、顧客喪失は恒久的かもしれないとなります。
だったら半年だけ現場に頑張ってもらい、人を採用して元に戻す。
これは短期的にはかなり合理的です。
「どの仕事を捨てるか」を決める方が難しい
さらに厄介なのは、
不要な仕事だけ減らしましょう
という話です。
言葉では簡単ですが、実際には難しい。
会議を一つなくす。
すると誰かが「情報共有できなくなる」と言う。
報告書を一つなくす。
「監査で必要だ」と言う。
チェック工程を一つなくす。
「品質事故が起きたら誰が責任を取るのか」となる。
取引先へのサービスを一つやめる。
「競合はやっている」となる。
つまり会社の仕事には、それぞれ仕事を存続させる理由があります。
一つ一つを見れば、全部それなりに正しい。
だから仕事は減りにくい。
管理職にも「仕事をなくすインセンティブ」が弱い
さらに会社の中では仕事がある=部署が必要でもあります。
仮にある部門の管理職が、「この部署の仕事の30%は実は必要ありません」と証明したとしましょう。
会社から見れば素晴らしい改善です。
しかし、その次に「では、この部署の人数も30%減らせますね」と言われる可能性があります。
極端に言えば、
「あなたの管理している仕事はなくても困りません」
と自分で証明することになる。
この構造では、会社全体では仕事を減らした方が合理的でも、各部署から見れば仕事を守った方が合理的になる場合があります。
ここから、会社全体の合理性と部署単位の合理性がずれ始めます。
当事者Bから見ると何が違うのか
Bを現場社員とします。
現場から見える世界はまったく違います。
会社から見ると「売上を維持している」ですが、現場から見ると「一人減ったのに、去年と同じ仕事をしている」です。
10人で100の仕事をしていたとします。
一人当たり10です。
9人になったのに100の仕事を続ければ、一人当たり11.1。
8人になれば12.5。
7人になれば14.3。
人が30%減っただけなのに、一人当たり仕事量は約43%増えます。
そして現場ではさらに、
新人教育
改善活動
安全活動
会議
書類作成
棚卸し
トラブル対応
などが残ります。
つまり単純に「生産量÷人数」だけではありません。
以前の記事解剖室で扱った「人手不足の会社ほど新人教育ができないのはなぜ?」では、
人手不足→忙しくなる→教育時間を削る→新人が育たない→ベテランへ仕事集中→さらに忙しくなる
上記の循環を考えました。

今回の問題は、そのさらに一段手前にあります。
なぜ忙しくなるのか。
人数が減っても仕事量が減っていないからです。
全員が同じ行動をしたらどうなるか
ここから記事解剖室らしく考えてみます。
一社だけが「半年間だけ仕事量を維持して、人が採れるまで頑張ろう」と考えるなら、それほど問題はありません。
ところが、人手不足の企業がすべて同じ行動を取ったらどうなるでしょう。
A社も仕事を減らさない。
B社も仕事を減らさない。
C社も仕事を減らさない。
すると、人手不足の社会なのに、社会全体で提供しようとしているサービス量はなかなか減りません。
その不足分はどこへ行くでしょう。
現在働いている人間の負荷になります。
そして社員側も合理的に行動します。
忙しい会社から、より給料の高い会社へ転職する。
仕事量の少ない会社へ転職する。
管理職にならない。
責任ある仕事を避ける。
残業しない。
正社員ではなく柔軟な働き方を選ぶ。
こうなっていくでしょう。
すると、人手不足企業からさらに人が出ていく。
会社はまた、「人が足りないので、残っている人にお願いする」となる。
つまり、人手不足→一人当たり負荷上昇→退職増加→さらに人手不足
こういう自己強化ループが成立します。
一次効果の次に何が起きるか
私はここが今回の記事で最も重要な部分だと思います。
人が一人辞めた。
一次効果は単純です。
残った社員の仕事が増える。
しかし、その次から問題が大きくなっていきます。
第1段階
10人→9人になる。
仕事100はそのまま。
一人当たり負荷増加。
第2段階
忙しいので、
教育
改善
設備保全
マニュアル更新
引き継ぎ
など、「今日やらなくても会社が止まらない仕事」が後回しになる。
第3段階
目先の生産や顧客対応は維持できる。
経営側から見ると「9人でも回っている」ように見えます。
こうなってくると、危険です。
第4段階
会社は、もともと10人必要だと思っていたが、9人でできるのでは? と学習する。
欠員が補充されません。
第5段階
さらに一人辞めて8人になる。
また残った人が頑張る。
第6段階
教育、改善、保全が長期間後回しになった影響が表に出始める。
新人が育たない、設備トラブルが増える、属人化が進む、ミスが増える、ベテランしか分からない業務が増える。
第7段階
優秀な社員ほど多くの仕事を任される。
その社員が疲弊し、退職する。
そして会社は初めて、
「なぜこんなに人手不足になったんだ?」
ようやく認識します。
しかし原因は、一人辞めた瞬間にはありません。
何年も前から仕事量と人数のバランスを崩した結果です。
「回っている」は「余裕がある」とは違う
ここには非常に重要な錯覚があります。
8人で仕事を回せた。
だから、8人で十分だったとは限りません。
8人で「今日を乗り切った」だけかもしれない。
たとえば……教育をやめた、改善をやめた、休暇を取らなくなった、管理職が現場作業を代行した、ベテランが無理をした、設備保全を先延ばしした。
この方法でも、売上は維持できます。
しかしそれは将来に必要な余力を使って、現在の生産量を維持しているだけかもしれません。
企業会計なら、設備の減価償却があります。
人間にも似たものがある、と考えると分かりやすい。
社員の体力、技能伝承、組織の知識、改善余力。
これらを消費しているのに、それを費用として計上していない。
だから短期的には効率が良くなったように見える。
その変化に人間はどう適応するか
では社員は、仕事が増え続ける会社でどう適応するでしょうか。
人間は永遠に全力で働くわけではありません。
仕事量が100から120になれば、しばらくは120で働くかもしれません。
しかし、それが通常状態になれば行動を変えます。
仕事の優先順位を勝手につける
全部できないなら、怒られる仕事からやる、数字に出る仕事からやる、上司が見ている仕事からやる。
結果、重要だが目立たない仕事が消えていきます。
教育、予防保全、改善、情報整理などです。
「余計なことをしない」が合理的になる
改善提案をして新しい仕事を増やすより、
今の担当だけ終わらせる。
誰かを助ければ次から自分の仕事になるなら助けない。
難しい仕事を覚えれば仕事だけ増えるなら覚えない。
これは社員のモラル低下というより、現在の制度に対する適応と見ることもできます。
記事解剖室では以前、
AIを使って仕事を効率化した社員が、
効率化したら仕事が増えるだけなら、効率化を会社へ教えない方が合理的ではないか
という問題も考察しました。
今回も中身は同じです。
頑張った結果、「この人数でもできるね」と判断されるなら、限界まで頑張らないことが自己防衛になります。
優秀な社員ほど抜ける可能性
さらに、転職可能性の高い社員ほど選択肢があります。
技能がある、資格がある、経験がある、他社でも働ける。
そういう社員から、「なぜ自分が欠員分まで背負わなければならないのか」と考えて辞める可能性があります。
すると会社に残るのは、転職しにくい人だけ、とは限りませんが、少なくとも外部選択肢の多い人から失いやすい構造は生まれます。
そして、できる人が一人辞めれば、その人が持っていた仕事は残ったできる人へ移る。
これも自己強化します。
反論・例外・この仮説が成立しない条件
もちろん、「人数が減っている会社=悪い会社」ではありません。
ここは分ける必要があります。
生産性が本当に上がった場合
10人で100だった仕事を、設備投資やAIによって8人で100できるようにした。
一人当たりの負担も増えていない。
これは単純な生産性向上です。
問題ありません。
日本商工会議所の2026年調査でも、人手不足対策としてデジタル活用による省力化を進める企業は少なくありません。
不要業務を本当に廃止した場合
10人→8人になった。
同時に、会議10本→5本。
報告書20種類→10種類。
承認5段階→2段階。
商品100種類→80種類。
営業時間12時間→10時間。
こうなったのであれば、仕事量も減っています。
これも問題は小さい。
繁閑差が大きい場合
季節変動によって一時的に人が足りないだけなら、残業や応援で乗り切る方が合理的かもしれません。
三週間の繁忙期のために正社員を大量採用する必要はありません。
会社が高い利益を社員へ還元している場合
仕事量は増えた。
しかし、給料が30%上がり、休日も増えた。
利益分配もあり、本人も納得している。
こういう条件下であれば、単純に「搾取」と呼ぶことはできません。
社員が、以前より忙しいが、それ以上の対価を得ている可能性もあります。
したがって問題の本質は、人数が減ったことではありません。
人数が減ったのに、
仕事量
要求水準
責任
サービス水準
を維持し、その増加負担が社員へ恒常的に移されていることです。
5~10年続いた場合どうなるか
では、この状態が日本全体で2030年代まで続いたらどうなるでしょう。
2026年時点ですでに、日本企業の人手不足は一時的な現象とは言いにくくなっています。
内閣府・財務省の2026年9月調査で、大企業では従業員不足超が61四半期連続しています。
人口構造を考えても、単純に景気が落ち着けば昔のように応募者が戻ってくるとは限りません。
すると会社はいずれ選択を迫られます。
第一の未来:自動化
AI、ロボット、セルフレジ、自動倉庫、無人受付。
人間一人あたりが処理できる仕事量を増やす。
第二の未来:サービス低下
24時間営業をやめる、翌日配送をやめる、電話対応を減らす、窓口を減らす、商品の種類を減らす、予約制にする。
つまり、今まで当たり前だったサービスを維持しない。
第三の未来:価格上昇
人を雇うために給料を上げる。
そのコストを販売価格へ転嫁する。
サービス価格が上がる。
第四の未来:事業撤退
それでも人を確保できない事業は消える。
日本商工会議所の2026年調査では、従業員20人以下の小規模企業で、人手不足企業の8.2%が廃業や事業継続に懸念を抱いています。
長期的には「人手不足なのに仕事量を維持する」状態を永遠に続けることはできません。
どこかで、人を増やす、機械で置き換える、価格を上げる、仕事を減らす、事業をやめる。
これらのうちのどれかを選ばなければならなくなります。
つまり今の状態は最終形ではなく、決断を先送りしている途中の状態とも考えられます。
既存の記事解剖室の考察とどうつながるか
今回のテーマは、最近の記事解剖室で扱ってきた問題をかなりきれいにつなぎます。
まず「人手不足なのに、なぜ会社は給料を上げないのか?」では、
人が足りない→普通なら賃金を上げるはず→しかし企業は賃上げ以外の手段を探すという構造を考察しました。

今回の記事ではその選択肢をさらに一つ追加できます。
人が足りないなら、なぜ仕事そのものを減らさないのか?
です。
次に、「人手不足の会社ほど新人教育ができないのはなぜ?」との関係です。
この記事では、人手不足→教育時間不足→新人が育たない→ベテランへ仕事集中→さらに人手不足
上記の循環を考えました。
今回の記事で、その一つ上の構造が見えます。
そもそも、人が減ったのに仕事を減らさないから、教育時間がなくなる。
つまり、人数減少→仕事量維持→余裕消失→教育削減→人材不足
という流れです。

そして、「人手不足なのに、なぜAIで人員削減するのか?」ともつながります。
この記事では、
日本全体では人手不足でも、すべての職種で人が足りないわけではない
と考察しました。

今回の記事を加えることで、
会社の人手不足への対応を、
①人を増やす
②賃金を上げる
③AI・設備で必要人数を減らす
④既存社員の負担を増やす
⑤仕事そのものを減らす
⑥事業から撤退する
という六つに整理できます。
このうち④は、短期的には最も安い。
設備投資もいらない、採用費もいらない、顧客も失わない。
だから選ばれやすい。
しかし長期的には、
退職
教育不足
属人化
品質低下
改善停止
というコストが後からやってくる。
ここまで見ると、最近の記事解剖室で繰り返し出てきた共通テーマが見えてきます。
短期的には合理的な判断が、時間を延ばすと不合理に変わる。
新人教育を削る。
既存社員の賃金を上げない。
人員を補充しない。
管理職へ仕事を集める。
これらはすべて、その瞬間だけ見れば会社にとって合理的なのです。
問題は、それを5年、10年続けたときです。
記事解剖室の結論
人手不足なのに仕事量が減らないのは、会社がおかしいからだけではありません。
むしろ短期的には、かなり合理的です。
顧客を失いたくない。
売上を落としたくない。
競合へ市場を渡したくない。
「不要な仕事」を判断するのも難しい。
だから会社はまず、今いる人で何とか回すという選択をします。
問題は、この言葉の中にあります。
「何とか回った」ことと、「その人数で持続可能」なことは同じではありません。
10人の仕事を9人で半年やることはできるかもしれない。
8人でも一時的にはできるかもしれない。
しかし、その裏で教育を削る、改善を削る、休息を削る、設備保全を先送りする、ベテランへ仕事を集中する。
こういうことが起きているなら、それは生産性向上ではありません。
未来から余力を借りて、現在の仕事量を維持しているだけです。
そして、最も危険なのは、会社がその状態を「成功」だと認識してしまうことです。
9人になったのに、売上は落ちなかった。
なら9人でいい。
8人になったが、それでも回った。
なら8人でもいい。
こうして、欠員が、生産性向上と誤認される。
しかし実際には、社員が無理をして穴を埋めているだけかもしれない。
人手不足社会で企業が本当に考えなければならないのは、
「どうやって今までと同じ仕事を少ない人数でやるか」だけではありません。
もう一つ「そもそも、この仕事を今まで通り続ける必要があるのか?」という問いが必要です。
日本の労働力が長期的に減っていくなら、企業も消費者も、
24時間営業、翌日配送、過剰な接客、大量の商品種類、細かな社内報告、何重もの承認。
これらをすべて現在と同じ水準で維持したまま、人だけ減らしていくことはできません。
人手不足社会の本当の問題は、「働く人が足りないこと」だけではないのかもしれません。
もしかすると、「働く人が減っているのに、社会全体が要求する仕事量をなかなか減らせないこと」の方が、本質的な問題なのではないでしょうか。
そしてこれは、単なる採用問題ではありません。
これから日本社会が、
何を自動化するのか。
何に高い料金を払うのか。
何を諦めるのか。
そして、どの仕事をやめるのか。
を決める問題になっていくと思います。


コメント