今回のJILPT「最近の統計調査結果から2026年8月」は、論説記事というより各種公的統計を整理したものなんですが、その中で特に目を引くのが、2026年4~6月期の労働力調査です。
役員を除く雇用者5,878万人のうち、正規雇用は3,732万人で前年同期比23万人増えました。しかし同時に、非正規雇用も2,146万人と33万人増えています。
つまり、人手不足が続き正社員も増えているのに、非正規雇用もむしろ増えているわけです。
一見すると不思議です。
人手不足なら、企業は人を確保するために正社員を増やすのではないか?
今回はこの疑問を中心に解剖してみます。
記事は何を主張しているか
正確には、JILPTのページそのものは「非正規雇用がなぜなくならないか」という主張をしていません。統計を提示しているだけです。
しかし数字を組み合わせると、興味深い構造が見えてきます。
2026年4~6月期には、
- 正規雇用 3,732万人、前年比+23万人
- 非正規雇用 2,146万人、前年比+33万人
となっています。
さらに重要なのが、非正規になった理由です。
男性では最も多いのが、
「自分の都合のよい時間に働きたいから」247万人
で、前年より26万人増えています。
女性でも同じ理由が563万人と最多で、前年比53万人増加しました。
一方、
「正規の職員・従業員の仕事がないから」
という男性は77万人で、前年より10万人減っています。JILPT
これはかなり重要です。
かつて非正規雇用問題というと、
正社員になりたいのに、正社員になれない。
というイメージが強かった。
ところが現在の統計を見ると、
「正社員になれないから非正規」という人だけでなく、「時間を選べるから非正規」という人が大きな部分を占めています。
つまり、
人手不足になれば非正規雇用が自然に正社員へ吸収される
という単純な構図ではなくなっているのです。
筆者は誰に向けて書いているか
JILPTの統計ページなので、主な対象は、
政府・研究者・企業の人事担当者・労働政策関係者・メディアでしょう。
何か特定の結論へ誘導する記事ではなく、
現在の日本の労働市場では何が起きているのか
を確認するための基礎資料です。
しかし記事解剖室から見ると、この「結論を書いていない」という点が逆に面白い。
数字を見ると、
「人手不足」
「正社員増加」
「非正規増加」
が同時に起きています。
この三つは矛盾しているようで、実は矛盾していません。
読者に何をさせたいか
JILPT自身としては、政策判断や研究に統計を利用してもらうことが目的でしょう。
しかし今回の記事解剖室では、
「非正規=企業が正社員として雇わないから存在する」
という従来の見方を一度外して考える必要があります。
むしろ、企業側にも非正規を使う合理性があり、労働者側にも非正規を選ぶ合理性がある。
この二つが同時に存在している。
だから人手不足になっても非正規雇用が消えない。
ここが今回の中心になります。
どんな前提を置いているか
「人手不足なら非正規雇用は減るはず」という考え方には、実はかなり強い前提があります。
それは、
ほとんどの労働者は正社員になりたがっている。
という前提です。
確かに正社員には、
雇用安定、賞与、昇給、福利厚生、社会的信用、退職金
など多くのメリットがあります。
しかしその代わり、
勤務時間が長い、異動がある、責任が重い、残業を求められる、勤務日を自由に選びにくい。
こうした側面もあります。
例えば、
育児中の人、介護をしている人、高齢者、学生、副業をしている人、健康上フルタイムが難しい人。
こういう人にとって、
正社員の待遇より、時間の自由の方が価値が高い
場合があります。
実際、「自分の都合のよい時間に働きたい」が男女とも非正規を選ぶ最大の理由になっています。
したがって、非正規雇用を全部「仕方なく選んでいる雇用」と考えること自体が、現在の労働市場を正確に表していないのかもしれません。
何が書かれていないか
ここが今回最も重要です。
書かれていないこと1
「人手不足」とは、誰でもいいから人が足りないという意味ではない
2026年7月、正社員が不足していると答えた企業は51.3%でした。
しかし非正社員不足は28.8%です。
つまり現在日本で特に不足しているのは、
単純な人数ではなく、正社員として継続的に仕事を任せられる人だとも考えられます。
建設。IT。金融。運輸。
こうした分野では、技能、資格、経験、顧客対応、判断、管理。
単純にアルバイトを一人増やせば解決するとは限りません。
以前の記事解剖室で考察した、「人手不足なのに、なぜAIで人員削減するのか?」と同じ問題です。

そこでは、
人手不足だからといって「すべての人」が不足しているわけではない。
と考察しました。
AIで代替可能な仕事は減らしながら、高度な技能を持つ人材は取り合うという現象は十分起こります。
今回も同じでしょう。
「人が足りない」
ではなく、
「欲しい人が足りない」
なのです。
書かれていないこと2
非正規雇用は企業にとって「人数調整装置」でもある
企業にとって正社員を一人採用することは、かなり大きな意思決定です。
基本給。社会保険。賞与。昇給。教育。福利厚生。退職金。
そして簡単には雇用調整できません。
一方、仕事量は一定とは限りません。
繁忙期。閑散期。景気変動。季節変動。店舗の営業時間。
一日の中でも昼だけ忙しい、夕方だけ忙しい。
こうした仕事を全部正社員で埋めれば、暇な時間にも固定費が発生します。
そこで、正社員5人+パート10人という形の方が企業には合理的になります。
つまり非正規雇用は単なる「安い労働力」ではなく、必要な時間に必要な人数を配置する仕組みでもあります。
書かれていないこと3
非正規から正社員への転換は実際には起きている
ここは重要です。
2026年度の正社員採用予定がある企業は60.3%まで上昇しています。
一方、非正社員を採用予定の企業は41.2%で3年連続低下しています。
企業の中には非正規から正社員へ移行させる意向もあります。
つまり、人手不足なのに企業が頑なに非正規だけを使い続けているというわけでもありません。
実際には、正社員化する部分と、非正規として残す部分の選別が進んでいると考えた方がよさそうです。
記事の有効な部分は何か
今回の統計で最も価値があるのは、非正規雇用の理由を人数で確認できることです。
特に、
「自分の都合のよい時間に働きたい」
という回答が増えていること。
これによって、非正規雇用=不本意という単純なモデルを修正できます。
もちろん待遇格差などの問題は残ります。
しかし、
非正規をゼロにすれば労働者は幸せになる。
とも限りません。
むしろ、正社員しか存在しない社会を想像すると分かりやすいでしょう。
週5日。1日8時間。残業あり。異動あり。長期勤務前提。
この条件でしか働けない社会になったら、
育児中の人や高齢者、学生、介護者などが労働市場から退出する可能性があります。
すると人手不足はさらに深刻になります。
つまり意外なことに、非正規雇用があるから働けている人も相当数いるということです。
別の立場から見るとどうなるか
ここでは4者に分けてみます。
企業側
非正規を使う理由は明確です。
繁閑に合わせて人員を調整できる。
短時間業務を埋められる。
固定費を抑えられる。
採用リスクを下げられる。
したがって、
人手不足だから全員正社員にしよう
とはなりません。
労働者側
こちらも一枚岩ではありません。
Aさん。
正社員になりたい。
Bさん。
子育て中なので週4日・5時間がいい。
Cさん。
定年後なので週3日でいい。
Dさん。
本業とは別に副業として働きたい。
同じ「非正規」でも全く意味が違います。
ここは政策を考える際にも重要でしょう。
正社員側
非正規社員が増えることで、
定型作業や繁忙時間帯を担当してもらえれば正社員の負担が減ります。
しかし逆に正社員だけが、
教育、クレーム対応、トラブル処理、管理業務、判断の必要な仕事を背負う構造になることもあります。
すると、
正社員になったら仕事だけ重くなる。
という現象が起きます。
これは記事解剖室で考察した「静かな退職」が増える職場で自分だけ頑張るのは損? ともつながります。

努力や責任だけ増えて待遇が十分変わらなければ、人は「追加努力をしない」という方向へ適応します。
政府側
政府としては難しい。
非正規を減らして正規化すれば、
所得、社会保障、雇用安定は改善しやすい。
しかし正社員化を強制しすぎると、企業が採用そのものを控えたり、短時間だけ働きたい人が働けなくなったりする。
したがって、非正規をなくすことより、非正規であることによる不合理な待遇差を小さくする方向の方が重要になってきます。
この出来事が5年続いたらどうなるか?
2026年から2031年までこの傾向が続くと仮定します。
AIの回答では、非正規雇用はなくなるどころか、性格が変わる可能性が高いと言っています。
昔のイメージは、
正社員
↓
安定した本流非正規
↓
不安定な周辺労働
でした。
ところが今後、
正社員=コア業務
非正規=時間調整型労働
スポットワーク=数時間単位
フリーランス=専門業務
副業=余暇時間の労働
というように、働き方自体が細かく分かれていく可能性があります。
企業側も、
全員を自社の正社員として抱える
必要性が小さくなります。
例えば、
社員100人ではなく、
正社員50人
パート20人
派遣10人
業務委託10人
スポットワーカー10人
という構成になる。
AIや業務システムまで加えると、さらに細分化されるでしょう。
一方で重大な問題も出てきます。
「誰が育てるのか?」
という問題です。
短期勤務。
派遣。
業務委託。
スポットワーク。
こうした働き方が増えるほど、
企業には、
この人を3年間育成しても辞めるかもしれない。
という感覚が強くなります。
すると教育をしなくなる。
企業は、
即戦力が欲しい。
と言います。
ところが全企業が即戦力だけを欲しがったら、
誰も即戦力を育てなくなる。
これは以前の記事、
「人手不足なのに、なぜ会社は給料を上げないのか?」で扱った「人材育成のフリーライダー問題」とほぼ同じ構造です。

各企業にとっては、
他社が育てた人材を採用する方が安い。
しかし全社がそうすると、
市場全体から経験者が減っていきます。
記事解剖室の結論
「人手不足なのに、なぜ非正規雇用はなくならないのか?」
最も単純な答えは、
企業が人件費を安くしたいから。
でしょう。
もちろんそれも理由の一つです。
しかし今回の統計を読むと、それだけでは説明できません。
非正規を使いたい企業がいる。
同時に、
非正規で働きたい人もいる。
2026年4~6月期には、非正規社員2,146万人の一方で、「正規の仕事がないから」という理由はむしろ減り、「自分の都合のよい時間に働きたい」という理由が男女とも増えています。
そして現在の人手不足も、人間なら誰でも不足しているわけではありません。
2026年7月には正社員不足を感じる企業が51.3%ある一方、非正社員不足は28.8%でした。
ここから見えるのは、
日本で不足しているのは単なる「労働者の数」ではなく、企業が必要とする時間・技能・責任を引き受けられる労働者だということです。
だから、
人手不足
↓
非正規を全員正社員化
とはなりません。
むしろ、
正社員にするべき仕事
短時間労働で十分な仕事
AIで代替できる仕事
外注できる仕事
専門家に任せる仕事
という分解が進んでいく可能性があります。
そして、この問題をさらに一段掘ると、「正規か非正規か」という二択自体が、少し古くなり始めているのではないでしょうか。
これまでの記事解剖室では、
「人手不足なのに給料を上げない会社」
「人手不足なのにAIで人員削減する会社」
「静かな退職」
「副業では努力できるのに本業では最低限しか働かない人」
といった、一見矛盾する現象を扱ってきました。
しかし全部を並べると共通するものがあります。
かつての会社は、
一人の社員を雇い、その人の労働力を長期間まとめて買う。
という仕組みでした。
現在は少しずつ必要な能力を、必要な時間だけ買うという方向へ動いている。
そして労働者側も、一つの会社に労働力全部を渡すことから、自分の時間を、本業・副業・家庭・学習・余暇へ配分する方向へ変わりつつあります。
そう考えると、非正規雇用がなくならないのは、人手不足が足りないからでも、企業が改革できていないからだけでもありません。
むしろ人手不足だからこそ、企業も労働者も「1人を丸ごと雇う/1社に丸ごと雇われる」以外の方法を必要としている。
問題なのは非正規雇用そのものではなく、
働き方の柔軟性を得る代わりに、賃金・教育・キャリア・社会保障まで失う仕組みになっていないか
でしょう。
したがって、今後問われるべきなのは、
「どうすれば非正規をなくせるか?」ではなく、「雇用形態が違っても、働いた人が技能と所得と将来の選択肢を蓄積できる労働市場をどう作るか?」
なのだと思います。


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